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魔法的存在者の詠唱は声にならない  作者: 猫ノ毛氈
1章

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11. 科学者は……語りだす。

 月は頂に達し、また地上に向けて高度を下げつつあった。夜は極まっていた。室内の洋燈の中の灯火は伸びをするようにいちど揺れた。


「ヴァイスは、あれは、不出来な弟なのです」

「首席であるのに?」

「白痴なのですよ」

「白痴?」


 アイゲングラウは頷いた。


「先程、ヴァイスは話せないのか、ご質問がありましたが、端的にお答えしますと『はい(ヤー)』でございます。ヴァイスは話せません。それもただ(おし)などということではない、ヴァイスは白痴なのです」

 ゲルトはアイゲングラウの物言いに不満を覚えていた。どうして自分の弟なのに、貶めるような発言をするのか。すくなくともゲルトはズィルバーのことをほかで悪く言うようなことはしたことがない。

 れっきとした兄弟と述べていたが、そこに愛も絆もないのではないかとゲルトは疑う。


「ヴァイスは、人と話すための知性が備わっておりません。発話機能は備わっております。いくぶん、ヴァイスは人より弱い身体をしていますが、言葉を一言二言発すのには充分な声帯を持っております。

 では、なにを持っていないのかと申しますと、複雑なことではない、ヴァイスは話し言葉を持っていないのです。

 なにせ、生まれてからこれまでにヴァイスは『()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「会話をしたことがない?」


 アイゲングラウは深く頷く。


「かくいう、わたくしだってヴァイスと語らったことは一度もないですから。ヴァイスが生まれてからずっとそばにおりましたが、わたくしがヴァイスについて知っていることは実は殿下たちとそう変わりはありません。

 わたくしは言葉というものを所詮は人間の恣意的な道具でしかなく、科学の目線から見れば非本質手な人類共同の創作物でしかないと思い込んでいましたが、この見方はやや視野狭窄的でした。

 話し言葉を持たないと、人は人足りえないのですね。性格も、志向もわからない。感情も思考も伝わってこない。これでは血を通わせた人形と区別がつきません」

 ゲルトはテーブルの紅茶を見た。王宮のものよりやや赤色が強い。この紅茶もなにか意味を含んでアイゲングラウは出してきたのではないかと邪推する。


「留保しておきますと、『話し言葉』というのは音声言語ということではないです。他人に使うための言葉という意味です」

「わかっている!」

 ゲルトはやや腹立たしげにいらえた。自分が不快に思っているところはそこではないのだと言うように。

「とはいえ、いまとなっては、わたくしが発した言葉の意味を、汲み取れるようにはなりました。これもだいぶ苦労いたしました。ただ、いまだ自分で文章を書き出すとか話し出すというところまでは至らず……、

 詠唱? いい質問です! それが我々の研究のひとつの大きな成果となるところなのです!

 詠唱は、別に、会話ができなくても唱えられるということですよ。もう少し厳密に言うと、詠唱とは魔法の発動を意味しない、つまり、魔法の発動に、()()()()()()()()()()()()()()()、ということです」

「必要がない……?」


 ゲルトは目を見開いた。魔法において詠唱は絶対的なはずだ。そもそも魔法の起源は祈りであったと言われる。祈りの儀式の中で、偶然生まれたものが魔法。このルーツを考えれば、魔法とは詠唱がトリガーでなければならない。


「少し、講義をさせてください。

 詠唱とは詰まる所、言語の集合族であります。言語は世界の区分けの方法論です。言葉は世界の切り出し方です。

 わたくしたち人間は、言葉を獲得してはじめて世界を獲得します。『人間』という言葉がなければ、ヒトとサルは区別できないように、さらに根源的に言えば、言葉が事物に先立つわけです。

 魔法とは、術者のイメージを事物化するものですが、如上の理由で、言葉となるものが必要となる。ことさらに魔法というものは、尋常の事物と異なって、超常的な事物でありますから、それ相応の『言葉』が必要です。その言葉にあたるのが、『詠唱』ということなのですな。


 ――というのは、必ずしも正しくはなかった、つまり、このルールは破れているということでございます」


 アイゲングラウは自分の紅茶に角砂糖のようなものを入れた。すると、茶の色が紅から蒼に変わる。


「いまわたくしの茶は赤から紫、紫から青へ色を変えました。この茶は赤、紫、青と色が変化する紅茶であると説明できます。しかし、仮に紫という言葉を獲得していなければ、青色に変化する紅茶であると説明されます。言葉の違いで、存在しうる茶も異なってくるのです。

 このように言葉は事物に先立っているのですが、すくなくとも魔法に関してはこれが成立しないということがわかりました。これはわたくしの個人的見解にはなりますが、魔法に限らず、すべての事物について、言葉は事物に先立っていないと考えています」

 と、私見を述べてから、話を戻す。

「ヴァイスは、言葉にイメージというものを持っておりません。最初のジャミング魔法の詠唱だって、そのセマンティクスを理解していないでしょう。

 あれはわたくしが、あくまで音として教えたのです。『鈴は鳴り、蝶は舞う』という古いありがたい詩を引用しました。魔法を使うときは、まず最初にこれを唱えてジャミング魔法を張れと。それから敵を誅滅(ちゅうめつ)せよ、と。」

「ちょっとまってくれ」

 ゲルトはアイゲングラウの話を遮った。


「では、あれは、ヴァイスのあの魔法は無詠唱だったということなのか?」


 アイゲングラウは口を柔らかく細く結び、片方の端を釣り上げた。


「ええ。そのとおりでございます。あれは言葉を使えない以上、魔法が発動されたということは無詠唱であったということでございます」


「そんな馬鹿な……」


 ゲルトは口吻(こうふん)を漏らした。口からこぼれた落ちた不条理と不合理が応接間の床を転がった。

 アイゲングラウが淹れたゲルトのための紅茶は、夜の冷たさですっかり冷めきっていた……。

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