10. 王子は……訊問する。
ヴァイスとズィルバーの試合は、当然、ただならぬ騒動と相成った。全生徒に箝口令が敷かれ、外出の許可は当面出されない運びとなった。当然、学外からの学内への立ち入りも厳しく制限されている。閉鎖された校内には自粛の雰囲気が漂っていた。
ズィルバーは、軍部医局へ移送された。戦闘での負傷の治療に関しては、軍部が最も適しているとの判断とのことだった。懸命な治療により、一命は取り留めたものの、いまだ危険な状態であることには変わりなく、意識も回復していない。回復するかも不明であった。
兄弟を庇って魔法を受けたルージュは、肋骨と右腕の骨折と、臓器にも損傷を負った。だが、ズィルバーほどの危殆に瀕したわけではなく、早い治療も功を奏し、後遺症は残らなかった。そして、退院をまって、ルージュは連行された。
その後のルージュの消息は、ゲルトも摑めていない。お咎めなしとはならないだろう――ということだけ確信していた。
いくらノーブルクラスに所属する優秀な魔法使いであったとしても、ルージュの家であるギャラット家が名家であり、その現当主が大臣であったとしても、無辜ではありえない。
第三王子を瀕死にまで追いやった事件の、その責任者であるのだから、通例死罪、それか死罪相当の重罪となる。ただ、その可能性もまた低いだろうとゲルトは見積もっていた。どういう落とし所になるか、ゲルトも予想は付かなかったが、いざとなれば自分が口添えをするつもりだった。
そして、事件とするなら、その主犯とも言って良いヴァイスも負傷していた。通常の魔法使いであればせいぜい打撲で済んだはずの衝撃だったが、ヴァイスは見かけ通り身体は丈夫でなく、数カ所の不全骨折、および、骨挫傷、皮膚の裂傷など、ふたりに比べれば軽傷ではあったが、手術は必要となった。
それもいまは全快し、復学を果たしている――ヴァイスには一切の咎めが来ていない。
ヴァイスはいつも通りだったが、ほかのクラスメイトは疑念に加えて恐怖が積み重ねられた。
さて、外出禁止令が発令されている中であったが、ゲルトは学外にいた。学校は厳戒態勢にある。それでも外に出られたのは、当然、特別に許可が下りていたからだった。
行先は、アイゲングラウの研究室があるという魔法科学学校だった。
きっかけは、アイゲングラウがゲルトを招待した形だったが、アイゲングラウにそれほど権力があるとは思えなかった。それでも自分に許可が下ったということは、すなわち、「そういうこと」であると彼は理解していた。
――王家が絡んでいるのだ。
深更だと言うのに、科学学校はぽつぽつと明かりの灯った部屋があるのが確認できた。そのうちのひとつがアイゲングラウの研究室だった。
「失礼する」
研究室は、洋燈が灯されているものの薄暗く、薬品などの刺戟的な匂いが鼻腔に染み込んできた。
「申し訳ないです。わざわざご足労いただいて……」
アイゲングラウはその奥のほうから出てきた。ゲルトが入ろうとすると制止して、代わりに隣の応接間に通した。
「研究室、薬品臭いでしょう? あんなものはどれも御身体に毒となりましょうから」
ゲルトは応接間のソファに座らされた。
アイゲングラウは紅茶をゲルトに差し出した。ゲルトは形だけ感謝して、口をつけようとはしなかった。
アイゲングラウも自分の飲み物を持って反対側の席に座る。さっきまでまとっていた白衣は脱いできたようだった。とはいえ、彼の恰好は、王族に謁見するにはあまりにもラフであり、一方のゲルトは王族の準的な正装である。
「すみませんね。こんな身なりで……」
「構わない」
「殿下にはお話しておこうと思いまして……」
アイゲングラウは自分の飲み物を啜った。
「……いや、話しておかなければならなくなりまして」
そう言い直すと、ゲルトは怪訝な目をアイゲングラウに向ける。
「わたくしからすべてをつらつらと語るのも吝かではないのですが……どうですか? 殿下から先に聞いておきたいことなど……、お互いを知るということもありましょう?」
最初目にしたときにも思ったが、仔細らしい男だとゲルトは感じる。
「ならば、いくつか訊ねておく。まず、貴殿は、まことに我がクラス、ヴァイスの兄上であるのか?」
「ええ、れっきとした兄弟でございます」
アイゲングラウの言い方には、含みがあった。ゲルトはそれを、自分とズィルバーの関係を暗に差していると覚った。
「ヴァイスの爆発魔法は、真に魔法だったのか?」
「もちろんでございます。れっきとした魔法でございました」
「ヴァイスはなぜあの速度で魔法を発動できたのだ?」
「後ほど説明いたしましょう」
アイゲングラウは飄々としている。言葉遣いこそ丁寧だが、それがむしろ慇懃無礼にも思えた。
「ヴァイスはどうして、なぜ弟にあれほど殺傷性の高い魔法を使った? ヴァイスとズィルバーの差は歴然だった。あんな……」
ゲルトは言葉が詰まった。努めて冷静に話そうとしたが、肚の底のほうでぐつぐつと煮えていた怒りとそれに似た悲しみの感情が理性の蓋を押し上げるのだった。
「その件についても、あとでまとめてお話差し上げましょう」
ゲルトは、無言でアイゲングラウを睨んだ。無意識のうちにゲルトの魔力が沸き立ち、テーブルの上のティーカップが揺れた。
「そのほうが合理的であるからでございます」
この男はその弟とはまるで正反対だ。寡黙な弟に、人を食ったような言い方をする兄。まったく雄弁ではないか! 魔法は使えないというがどうもそれも本当のことだろう。すべてが正反対なのだから!
ゲルトは杖に手を伸ばしかけていた。王族には、不敬を働いた直属の臣下、および、それ以下の臣民を、その場で懲らす権利がある。事後審問はあるが、もっともこの場合であれば、正当であり妥当であると看做されるだろう。いわば、これは王家によるアイゲングラウへの訊問であるのだから。
だがゲルトはその怒りを抑えた。色を正し、カップを手に取って、茶の味だけたしかめた。
「ヴァイスは、話せないのか?」
「それもあとで詳しく話しましょう」
「父上はヴァイスの事情を知っているのだな」
「殿下のご想像通りにございます」
ズィルバーはヴァイスとの戦闘で死の淵まで追いやられた。医者の懸命な処置で、命こそ取り留めたが、後遺症は残る懸念がある。そもそも意識が回復するかもまだわかっていない。全身に及ぶ火傷に、打撲と骨折。右腕は千切れかけていた!
当然、死んでいてもおかしくなかった。寸分、ルージュの防御魔法が遅れていたり、ズィルバーが空中で衝撃に備えたりしていなければ、いま自分は喪に服していたかもしれない。
ヴァイスはそれほどのことをしたのだ。ズィルバーはヴァイスに対して失礼な態度を取り続けていたことは事実だ。だが、それだからといって殺していい理由にはならない。
仮にズィルバーが一般の貴族で、ヴァイスが王家だったとしても、鼎の軽重を問う程度で斬り捨ててしまったら、必ず審問に掛けられ、妥当性を欠くと審判をくだされるはずだ。
それなのに、ヴァイスにはまったくの咎めがないというのは、もはや、ヴァイスは王家を超越した存在となっている。すくなくとも王家のゲルトの目にはそう映っている。
――彼は一体、何者なのだ……?
「私が問いたいのはこれで以上だ。今度は貴殿から話してくれ」
ゲルトは発言権をアイゲングラウに委譲した。ほかにも聞きたいことは多くあったが、どうもこのアイゲングラウという男が苦手に感じる。ゲルトは早くこの訊問を終わらせたかった。
発言権を得たアイゲングラウは恭しく目を伏せて、滔々と語りだした……。




