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魔法的存在者の詠唱は声にならない  作者: 猫ノ毛氈
1章

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9. 白痴の兄は……恭しく

「ズィルバー!」


 宙に打ち上げられた弟を見て、ゲルトは叫んだ。次いで、杖を取り出そうとしたが、誤って弾き落としてしまう。


 ルージュはヴァイスに杖を向けたものの、自分の拘束魔法よりもヴァイスの攻撃魔法のほうが、展開速度の速いことを(さと)る。はじめからヴァイスを制止する方法をルージュは持ち合わせていなかったことに、たったいま気が付いたのだ。


 杖先を変え、ズィルバーを助けるために空中を見上げる。


「爆発魔法……だと!?」


 爆発魔法は高速展開できるような魔法ではない。もしできたのなら、戦場はいまよりもさらに惨たらしいものになっていたはずだ!

 だが不幸中の幸いか。爆発魔法ならば展開してから、発動するまでにわずかな猶予がある。


 ――逆に、間に合わなければ助からない。


 ルージュは水属性防御魔法を構築する。これを即座に選択できたのは、ズィルバーの霧隠れの魔法を見たからかもしれなかった。


「《点滴よ、凝集し、災いを(ふせ)げ!》」


 この魔法が果たして間に合ったのか、術者である本人のルージュにさえわからなかった。詠唱の結びとほぼ同時に爆発魔法が発動したためだ。


 轟く。隕石が落ちたかのような爆音が――。


 爆発魔法はズィルバーだけでなく、ほかの生徒にも爆風という形で襲いかかった。

 密閉空間での爆発魔法はその範囲外であれ、熱乱流を引き起こし、空間内に充満する非常に危険な状態を引き起こすが、幸いにも爆発によって闘技場の屋根が吹き飛んだために、甚大な二次的災害は免れた。

 (あか)い爆発のあとには、黒い太陽が現れた。その内側から焼け焦げた人型の炭のようなものがゆるやかに落下してくるのだった。


 ルージュとゲルトは飛び出して、ズィルバーの身体を抱える。


「まずい、息がない!」


 ルージュはズィルバーを抱きかかえたと同時に、冷や汗が一斗、背中を伝ったのがわかった。


「ズィルバー!」


 ゲルトが呼びかけても、ピクリとも反応を示さない。ゲルトの眼には、自分の弟らしきものが、襤褸切(ぼろき)れを集めて作った人形のように見えた。

 持っていたはずの杖も半分以上灰に置き換えられている。


「早く医務室に……」


 言いかけてルージュは、ゲルトにズィルバーの身体を預け、突き飛ばす。


「ルージュ先輩ッ!?」


 ゲルトには、どうしてか自分たちを突き飛ばすルージュと、そのルージュを暴力的に弾き飛ばす光弾が見えた。

 ルージュの身体は空中で何回転もしながら、最後には地面に乱暴に打ち付けられた。その途中で血が舞ったのにもゲルトは気付いていた。


「ヴァイスくん!」


 ヴァイスはいまだ臨戦態勢にあった。その眼はいまゲルトに向けられていた。

 眼の色は変わらないのに、その意味は違った。

 ゲルトは生唾を呑んだ――。

 彼はいま杖を持っていない。その上、瀕死の弟を抱えている。

 いいや、そもそも持っていたとしても、ヴァイスの劇烈な攻撃魔法を防げるほどの防御魔法を高速に展開できない。


「に、逃げろ、ゲルト!」


 ルージュは血を吐きながら叫ぶ。右手に杖は触れているが、腕が折れているのか、その感覚はない。


 ゲルトは立ち上がれなかった。ほとんどおなじ体重のはずのズィルバーがやけに重く、しかし、然るべき重さがないことも同時にわかる。


 ――俺はこんなところで死んでいる場合ではないのに!


 ゲルトは唇を強く噛んだ。もはやゲルトにはズィルバーを庇って壁になる以外に取れる手段がないことを覚る。

 と、同時に、ズィルバーを見捨てて自分だけ逃げる選択肢も同時に浮かぶ。

 王位継承順位第二位の自分と第三位のズィルバーでは、「王族」としての価値を考えれば自分のほうが高い。

 ここで身を挺してズィルバーを助けるか、自分が助かるかを天秤(てんびん)にかけたとき、合理的には自分が逃げるほうが「王族として」正しい。ゲルトはわずかにズィルバーを抱える力を弱めた。


 この致命的な逡巡(しゅんじゅん)は、ゲルトを魔法の射線上に止めすぎた。もはや、逃げることも防御することも間に合わない。ゲルトは死を悟った。


 ヴァイスの展開した光弾がひときわ(かがや)いた!


「「止まれ、ヴァイス!」」


 声がした。男のものだ。決して大きくはないが通る声だった。殊に、ヴァイスの耳に能く通った。

 紙一重だった。ヴァイスの身体は(びょう)に刺したように、ピンと止まった。鋭さを増していた魔法弾は急に綿毛のようになって消えた。


 声の主は、下まで降りてきて、ヴァイスのもとまで駈けてきた。


「ヴァイス、止まれ。敵はここにはいない」


 ヴァイスはその言葉を聞くと、ゆっくりと杖をおろした。


「よし、いい子だ」


 その男は、ヴァイスを落ち着かせると、今度はゲルトのほうを振り返った。メガネの銀のフレームと、それが囲うレンズが、ギラリと光を反射させる。


「殿下。このようなご挨拶になって申し訳ありません。わたくしは、このヴァイスの兄、アイゲングラウと申します」


 ゲルトはまず(いぶか)しむ。しかし、ヴァイスが止まったことを見るに、なんらかの関係者であることはすぐに察しがついた。

 だが、兄ということは信じられなかった。このアイゲングラウという男は、ヴァイスとは似ても似つかない。血色豊かな好青年で、しかも、饒舌(じょうぜつ)な男と見えた。


「兄?」


 アイゲングラウは(がえ)んずると、(うやうや)しく敬礼した……。

後記:ルビを振り忘れていた……(振りました)

ここまで読んでくれた方、読んでいただきありがとうございます。リアクション等いただけるとうれしいです。

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