28.マスカレード
翌日、
ドレスは私好みの物が用意されていた。
淡い紫に、刺繍が施された、シンプルだけど上品なドレスだった。なんと言っても仕立てが美しい。
着替えてみると、サイズがピッタリで、鏡の前で色んな角度から眺めてしまう。
「あの………このドレス…」
「好きかなっと思って選んだんだけど、好みじゃなかった?」
「いえっ!!そんなことっ!」
「そ?なら良かった」
ラルフは満足そうに微笑んで熱い眼差しを私に向ける。
ラルフは黒地に金の刺繍が入った上下に身を包み、長い髪を束ねている。
私がその姿に見とれていると、コトンコトンとゆっくり近づいてきて、私の手を取った。
そのまま手の甲を口元まで掲げ、チュッとキスをする
「僕からの贈り物だよ。今日は大事な一夜だからね?」
大事……
社交界のパーティーってそんなに大事なのか……
知識のない私は、社交界の大事レベルなんてさっぱりだ
---------
馬車に乗り込み、会場へ向かう。
マスカレードと言うだけあって、仮面が用意されているのだけれど、ドレスと対になるように
デザインされたものだった。
ほんとに、この為だけに用意されたドレスと仮面。
隣に座るラルフをチラリと見上げる。
彼は私の視線に気づいて
「ん?」
と、こちらを向くと、私の髪に触れる
「綺麗に染まったね。よく似合ってる」
私は自分の毛束を手の平に乗せ、黒く染まった髪を眺める。
手の角度を変えると、髪は光を反射して、金色のツヤを見せた。
そして、ほのかに香る花の香り。
刺繍糸を染色していた時に読んでいた書物に、髪色を染めるものも載っていたのを思い出して、試してみたのだけれど、思いの他綺麗に染って満足している。
これで、私がルーミエールってバレない気がする。
染料になる花も、探すのはそこまで大変じゃなかった。どこの貴族も、広いお庭に沢山の珍しい草木や花を惜しげも無く生やしている。
会場の大きな御屋敷にたどり着くと、
「さぁ、手を。」
と、ラルフが手を差し出す
私がその手をとると、
「離れないようにね?」
と言われて、いつぞやの街中での出来事を思い出してドキッとする。
そんなに人がいっぱいいるのかな……
覚悟を決めてコクリと頷くと、ラルフはもう片方の手を私の腰に回す。
ち!近くありません?ラルフさん!?
私がおじけずいていると、
「離れないように。ね?」
と、耳元で囁かれる。
くすぐったいっ!
ピクっと体が反応すると、ラルフはクスクス笑いを堪えながら、私をゆっくりエスコートしてくれる。
「ごきげんよう」
すれ違う人達も様々なデザインの仮面をつけ、仮面に合わせたきらびやかなドレスで、扇を片手に優雅に歩く。
見ていて楽しい。
仮面なんて日常なかなか見ることがないから、まじまじと観察してしまう。
ドレスとのコーディネートもあるので、夜会とは違った優雅でゴージャスな雰囲気を感じる。
流行とかあるのかな。
今は羽がここについてるのが最先端よ!とか?
「楽しそうで何よりだ」
ラルフはポソリと呟いた。
「?」
私はチラッとラルフを見上げると、ラルフは満足そうに微笑んで顔を近づける
すると、
「ラルフっ!」
後ろからラルフを呼ぶ懐かしい声がする
私はこの声の主を知っている
顔を伏せて、会いたいけど会いたくないという、めんどくさい乙女心と戦いながら、ラルフの腕をぎゅっと握った
「おや?今日はマスカレード。仮面の下の名は誰も知らないお約束さ?」
何食わぬ顔でラルフは声の主に向かって返事をする。
チラッと顔を上げると、目の前には白地に繊細な織り模様が施された上質な生地の上下に身を包んだ男性が立っていた
襟元にだけ銀色の刺繍があしらわれており、目元を隠す仮面と、銀髪がとてもよく合っていた
仮面の下からのぞく碧い瞳は、真っ直ぐ私を見つめていた
目が合いそうになって、とっさにラルフの影に隠れるように1歩足を引いた
レオンの後ろからはゾロゾロと着飾った女性たちが湧いて出た
「白銀の君。私と1曲踊ってくださらない?」
「あちらで一緒にお話をっ!……」
「白薔薇の王子がいらしたわっ!!!!」
ザワザワと人がどんどん集まってくる。
ここでもレオンは女性に大人気だった。
にしても、通り名がすごい……。
すると、ラルフは
「レオンが気になる?」
と聞いてくる
私は首を左右に軽く振って、ラルフの腕に手を回した
ラルフはレオンをチラリと見やると、私の髪をサラリとすいて、わざとらしく
「僕たちはダンスでも楽しむとしよう。」
と、レオンに聞こえるように言って、歩き出した
きらびやかな装飾に身を包んだ女性たちに囲まれて身動きが取れなくなったレオンが、寂しそうな顔でこちらを見送る瞳に後ろ髪を引かれながら、ラルフと共にダンスフロアに向かった。
広いダンスフロアにはゆったりとした音楽が流れている。
皆、自由に体を寄せ合い、音に合わせて優雅に過ごしている
とりあえず、変装?のかいあって、誰も私がルーミエールとは思っていないようだ。
私の後ろから
『黒薔薇の君がいらしてるわ!!!』
『お美しいわ~』
という、ラルフへのトキメキの心の声ダダ漏れみたいなレディ達の声が聞こえた。
そして、最終的に、
"ラルフの隣の女性は誰た?"という声無き視線を感じる………
皆、ラルフに釘付けだった
でも、噂話は聞こえても、レオンの取り巻きみたいに一向に誰も近寄ってくる気配がない。
「ルミ?」
「はい。なんでしょう?」
「君、ダンスは?」
「…………。」
無言の答えはノーだった
踊れる訳ない
確かにここはダンスフロア
踊るために居るわけで……
「ま。ルールは無いから」
と、ラルフは進む気満々だ。
「あの……私踊れません」
正直に、かつ明確に踊れないことを告白した
「ん?まぁ、大丈夫大丈夫。僕上手いから」
そう言って、気づいたら手を取って対面に体が触れ合う距離にがっちりホールドされた
周りのザワつきを感じる。
しかも。なんか、かなり、注目を浴びている気がする……とても。……とてもっ!!
「1周でいいかな~」
ラルフがフロアを見渡して呟いた
「下を見ないで?僕を見て」
そう言って足元を見つめる私の輪郭をなぞりあげる
私の耳元に顔を寄せると
「周りがうるさいかもだけれど、気にしちゃダメだよ?僕に集中すること。できる?」
耳がザワザワするっ!
言葉が右から左に抜けそうなところを引き止める。
気になるも何も、それより何より私ダンスなんて出来ません!!そっちの方が気になりますっ!!
「役者が揃ったようだ。」
ラルフはポソりと呟いて、私を見つめた
私はチラッと辺りを見渡すと、レディの集団を引き連れて部屋に入ってくるレオンの姿が見えた
「こぉ~ら。僕を見て?」
ラルフは穏やかな目で私を見つめた
その優しい瞳に答えるように、言われた通り私もラルフを見つめ返す。
「そぅ。そのまま……」
そう言って、ラルフが音に合わせて1歩足を踏み出した。
私はラルフの腕の中で、ただラルフを見つめた。
ガッチリと支えられて、なされるがままに誘導されて、クルクルとフロアを軽快に歩く。
誘導されるまま踊っていると、不思議と周りのざわつきや、レディ達の黄色い声や、レオンのことも気にならない。
自分がダンスを踊れないという不安もラルフの腕の中では杞憂だった
ラルフと音楽しかない世界を軽快に散歩しているような、優雅な空間を体感している
ラルフに身を任せて、フワフワした感覚になりながら、自分で歩いていない感覚さえしてきた。
もっとこうしていたい
このここちよさに身を委ねたくなったその時
パタリと足が止まった
ダンスフロアを一周してきたようだ
そんな意識も、自覚も、全く無い。
ただ、フワフワとした感覚だけが残って、ぼーっとラルフを見つめ続けた。
ラルフは耳元に顔を寄せ、
「よく出来ました。」
と言って、頬にチュッとキスをする
その瞬間、私は、はっと現実に引き戻されて、辺りをキョロキョロ見渡した
さっきまで全く入ってこなかった周りの視線とザワつきが耳に届く
わっ!!?!
周りに気づいてなかった自分にちょっとびっくりして、困惑を隠せない。
ラルフは私のホールドを緩めて、腰に手を添え、フロアから離れるようにエスコートした
さっきまでダンスフロアに押し寄せていた人だかりは、ラルフのために道を開けるように左右に分かれる
ラルフって何者?
私は、自分が自分で無くなったような、ダンスフロアでの不思議な体験にまだ頭が追いついていない。
壁際に並べてある椅子にたどり着くと
「疲れた?ちょっと休憩しよっか」
と言って椅子を勧められた。
仮面をつけたウェイターが、
「どうぞ」
と言ってワインを差し出す
「ありが……」
お礼を言ってワインを受け取ろうとしたところに、
「すまない。彼女にはアルコールではないものを」
っと、遮る声が……
あっ……。
その手元を追って声のする方を見つめると、白い仮面を付けたレオンが私に差し出されていたワインを代わりに受け取っていた
ワインを受け取るために出した手先の行き場に困っていると、ワインの代わりにレオンの手が触れる
下からすくい上げられるように指先を奪われ、1本1本確認するように触れてくる
「ルミ……」
レオンがポソりと呟く
名を呼ばれただけなのに、自分がドキドキしていくのが分かる。
指先から熱が広がっていく
「姿を偽ってもわかっちゃうのは、1つ認めてもいいってことかな?」
ラルフが隣でレオンに声をかける
「レオンってそーゆーとこ、あるよねぇ~。」
肩の高さで両手を左右に広げて、ヤレヤレというポーズをとった
レオンはちょっとムスッとしてラルフを見つめる
「マスカレードは、仮面の下の名は誰も知らないはずじゃなかったのか?黒薔薇の王子?」
「恥ずかしいからやめてよ。」
「それとも、……」
「わー!!あーー!あー!!」
レオンにかぶせてラルフが言葉の続きを遮った
「仲、良いんですね?」
二人のやり取りを見てると、なんだか微笑ましい。
気心の知れた関係なんだな~
「ルミ……。少し時間をくれないか?」
そう言って、レオンはラルフとの小競り合いをやめて、私に向き合った。
私は、この揺れる気持ちをどうしたらいいのか、助けを求めてラルフの方を向くと、
レオンが
「ラルフはあちらの姫方の相手で忙しくなる。」
と、間髪入れずに言い放った。
さっきまでの静かな行動を見せていたラルフのファンであろう姫君達が、ラルフの元に押し寄せてきた。
な……何事…?!
ラルフはワイングラスを置いて立ち上がると、
「はぁっ…。」
と、ため息をついて立ち上がった
「ごめん。僕はちょっと相手をしてくるね」
そう言って、姫君達の輪の中に進んで行った。
取り残された私は、レオンに視線を戻す。
レオンは私の答えを待つように、じっと私を見つめていた。
私は立ち上がり、レオンの誘いを受ける姿勢をとった。




