20.夢を見て目覚めた場所は
『君と結婚する気は無い。俺はある女性を探している。』
レオンは冷たい目をして私を見つめる。
はじめから気持ちが私に向いていないのはわかっている。
『その人に出会うまでの婚約者という契約だ。君には愛も恋も何も求めない。ただ都合の良い婚約者というポジションにいてくれれば別にいい』
胸がギュッとした。それでも私は、
『構わないわ』と、言葉を振り絞った。
――それでも、そばにいたかったから。
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ボヤボヤと意識が目覚める。
夢……か……。
夢で聞いた声がまだ頭の中で響いている。
そうだ。元々そういう関係だったんだ……。
私は、レオンとの関係を胸に刻んだ。
うっすらと目を開けると、知らない人が目の前にいることに驚いて、目を見開いた。
「目が覚めた?」
見知らぬ男性の腕の中にすっぽり収まっている自分に気づき、バッチリ目が覚める。
「っ!すみません!あのっ……!」
慌てて起き上がろうとした瞬間、頭がズキンと痛んだ。
あーーーいたいぃ…………。
この状況がどーしてこうなってるのか、もちろん昨晩の記憶は全く無い。
それよりも、ちょっと動かすと、頭がズキズキする……。そして、ちょっと気持ち悪い……。
これを俗に二日酔いというのだろうか……。
飲みすぎました?私?
そんな様子を見るなり、私を支えてゆっくり起き上がらせてくれた。
そして、私の髪を、サラッとすいて
「体。大丈夫?」
っと声をかけてくる。
「昨晩、だいぶ激しかったから……」
そう言いながら艶やかな黒髪をかきあげて、うっとりする視線をおくられる。
なな。なんか……あった……の、かな?
焦って必死に記憶を探れども、ワインをついでもらった以降の記憶が無い。
服は着てる。大丈夫。大丈夫?何が大丈夫なんだ??!
記憶……。カムバック私の記憶……。
「送ろうか?それとも……」
紳士はズイッと距離をつめて、耳元で
「ここにいる?」
と甘く囁いた
ひいっ!!近いっ!!
耳元がゾワゾワする。
お酒によって失ってしまった記憶を取り戻すため、私は正直に告白した。
「あのぉ……。昨晩の記憶が無くて、ですね……。」
ちょっとずつ距離をとろうと試みる
すると、彼は軽く肩をすくめた。
「君、お酒強くないんだね。ワインをしばらく飲んだあと、すぐ眠ってしまったよ。」
どうやら、失った記憶は少ないようだ。
良かった。
ん?良かったのか?!
「ところで、君はどこから来たの?」
はっ!よく考えてみれば、知らない人に拾われてノコノコついて行くとか、だいぶ大胆なことをしている。
冷静になればなるほど、自分の危機感のなさが怖い……。
「あのぉ…………えぇ~っと~……」
窓の外は夜明け前の薄明かりに包まれている。
私は、うろ覚えの住所を述べ、その家のメイドという嘘をついた。
「あぁ。懐かしいな。」
「懐かしい?」
「あぁ。昔馴染みの学友の家だな。レオンは元気にしてるかい?」
なんと!レオンを知っているらしい。
なんか気まずい……。
「へ、へぇ~……。ご学友でいらっしゃるんですねぇ~。」
「そういえば、彼は婚約者がいたと思ったんだけど。そろそろ婚約者とも正式に式をあげてもいい頃なのに、彼はまだ運命の人を探してるのかな?」
大きな黒い瞳が、探るようにこちらを覗く。
「さ、さぁ~?私はただのメイドですので……」
目が泳ぎながらも、表情を取り繕って答える。
「ふぅ~ん?まぁ、そういうことにしておこうか。」
話を切り上げると、立ち上がってドアに向かって歩いていく。
ドアノブに手をかけながら、振り返る。
「送っていこう。『使用人』が居なくなったって心配してるだろうしね。」
意味深な視線を残して、彼は部屋を出ていった。
ば。バレてる?
いやいや。私を知ってるのなら、出会った時に分かるはず。
私は頭の中で、どう言い訳するかを必死に考えた。
名目上は家出。
でも、実際は――見ず知らずの男の屋敷で一晩過ごして、朝起きたらその腕の中とか……。
状況が状況だけに、婚約者がいるのにこれはいかがなものか……。
婚約者……。元々『形だけ』の婚約者。
レオンが心配するはずもない。
噂話もふまえると、ルーミエールも他の男性と関係を持っていたっぽかったし。
私が転生してきた時も、知らない男の人との密会の現場っぽかったし。
それに、レオンだって……。
私、これからどうしたらいいんだろう……
ぼんやりと考え込んでいるうちに、いつの間にか馬車は走り出していた。
「心ここに在らず。って感じかな?」
「え?」
ハッとして顔を上げると、彼が柔らかく微笑んでいた。
屋敷の門の前で降ろされ、
「近いうちに、また。」
とだけ言い残して馬車は去っていった。
「ああっ!!お名前っ!!」
私は馬車に向かって慌てて声をかけるけど、
窓からヒラヒラと手を振られるだけで、返事は返ってこなかった。
……誰だったんだろう……。
本来ならば名前をきちんと聞いて、お礼をすべきだ。
そんなことにも何にも気が回らないくらい自分のことでいっぱいいっぱいだった。
私は、静かにこっそり玄関の扉を開けた。
使用人たちに気づかれないように――まるで罪を隠すように--。




