12.レオンの揺れる心
どうも、ルーミエールの様子が、最近おかしい。
これまでのルーミエールは、
朝食は、『あなたに時間を合わせていられないわ』ということで、別々にとることになっていて、
夕食は夕食で
『気分が優れない』『好みが合わない』『具合が悪い』などと使用人からちくいち連絡が毎回入る
だが、先日の階段でのあの姿……。ニーナの話がほんとならば、食事を用意している使用人が、彼女に何か危害を加えていることになる。
それ以降、様子を伺うために、何度か声をかけると、すんなり時間通りに現れて、共に食事をする。
食に対してワガママで偏食が激しいと聞いていたが、そんな素振りもなく、やや食べる量は少ないが、聞いていたほどのワガママを感じられない。
何かがズレている。
窓際の机の上で開いていた本を閉じ、物思いにふけりながら、窓を開ける。
風が優しく通っていくと同時に、楽しそうな話し声が響いた。
部屋から見下ろせる花壇に目をやると、ルーミエールが、庭師と花の手入れをしているようだ。
そして、その表情を見るなり、反射的に勢いよくバタンっと窓を閉めてしまった。
彼女の笑顔を始めた見た……。
びっくりした。
あんな顔で
笑うのか……。
レオンは片手を口元に当て、揺れ動く自分の心を落ち着かせた。
知らなかった……。
そうだ。知ろうとしなかったんだ。
きっかけは単純な契約からだった。
両親に婚約者として女性を毎日のように紹介され、嫌気がさした俺は、都合の良い「婚約者」を探した。
出会った女性に片っ端からこのセリフを言った。
『君と結婚する気は無い。俺はある女性を探している。その人に出会うまでの婚約者という契約だ。君には愛も恋も何も求めない。ただ都合の良い婚約者というポジションにいてくれればそれでいい。』
今思い返しても最悪な男だ。
だが、ルーミエールだけは
『構わないわ』
と、返した。
レオンは、読書用にかけていたメガネを引き抜き、机の上に無造作に置くと、書斎を出て花壇へ向かった。
衝動的に向かってしまった花壇にたどり着くと、なんて声をかけたら良いのか分からず
「珍しいな」
と、なんともぶっきらぼうなセリフを吐いた。
庭師と楽しそうに話していたルーミエールは、
「あ……あの……な、何か用かしら……?」
と、戸惑いながら応える。
上からちらっと見てた時には分からなかったが、珍しく髪を結い上げ、その姿は彼女に良く似合っていた。
「…………。」
会話を忘れて、思わず彼女の持つカゴの中から、ピンクの花をひと房手にとり、スっと髪にその花を飾った
そのまま片手で彼女の頬に手を添える
この白い肌には花飾りが良く似合う
ルーミエールは、複雑な表情をしていた
ハッと我に返って、
「ぁ……明日は教会の孤児の元を訪れることになっている。」
と、色々と誤魔化すような話を振った
「わかっているわ。」
彼女からはぎこちないながらも答えが返ってくる
「忘れていないのならば良い。」
自分の中に灯ったこの気持ちを誤魔化すようにとりあえず会話を終わらせて、その場を後にした。
次の日、予定通り教会の訪問をした
家が支援している、孤児を引き取って育てている団体の一つだ。
何度かこの手の慈善事業は共に訪れたことがあるが、ルーミエールは、子供が苦手なのか、離れたところでただ見ているだけだった。
はずなのに……。
少年に洋服をいたずらされ、苛立つことも無く、一緒に走り回っている。
少女の髪を結っている姿は母親のようだった。
どれが本物のルーミエールなのか。
草花で花かんむりを一緒に作ってるところに歩み寄っていくと、
少年が
「ルミちゃん。僕のお嫁さんになって?」
と言って、むしった草花をルーミエールに差し出した
「ボクもー!!」
っと言って、もぅ1人の少年が駆け寄って花かんむりを彼女にかぶせようとした
俺は、大人気なくその花かんむりを、サッと掴み、持ち主の少年に被せる。
「ルミは俺の婚約者だ。」
ルーミエールは、俺が後ろにいることにびっくりしたのか、パッとこちらを振り返ると、目を見開いて、こちらを見つめた
「レオン様ずるーい!」
「わっ!わたし!レオン様のお嫁さんになるっ!」
今度は少女が腕に抱きついてきた。
「もっとおねーさんになったら。な?」
子供たちをあしらって立ち上がり、
「そろそろ行こう」
と、ルーミエールに手を差し出す。
彼女は戸惑いながらもその手を取って立ち上がると、無言でコクリと頷ずいた。
握った手から彼女の動揺が伝わってくる。
そのかすかな震えを感じるたび、胸の奥がざわついた。
――離したくない。
そんな衝動が一瞬、頭をよぎって、慌てて打ち消す。
彼女の手を引きながら、その時間を惜しむようにゆっくりと馬車までの道のりを歩いた。
ルーミエールは、その間一言も喋らず、俯いたまま馬車に乗り込んだ。
「あのっ………手…………」
俯いたまま遠慮がちに呟くその声は、小鳥の囀りみたいにかすかだった。
頬を赤らめ、視線を落としたままの彼女を見ていると
なんだか触れてはいけないような、そんな気持ちになる。
「ルーミエール?」
俺は、そんなルーミエールの問に答える訳でもなく、手を握ったままルーミエールの名を呼んだ
「は……はぃ?」
顔を上げる気配がないので、諦めて窓の外を眺めながらポソりと言った
「俺も……ルミって、呼んでも良いか?」
「……………………。」
返事は無い。
けれど、繋いだ手の先で、彼女の指がわずかに動いた気がした。
それだけで十分だった。
窓の外に目をやると、青空に浮かぶ白い雲が、風になびきながらゆっくりと移ろいでゆく。
屋敷までの短いひとときは、彼女の温もりを感じながら過ぎていった。
屋敷に着くと、門にはベルが待機しており、ドアが静かに開かれた。
俺はルーミエールの手を離すと、
「ご苦労」とベルに声をかけて馬車を下りた。
続いて、彼女が馬車を降りると、
「はい」
っと呟いて、そのまま勢いよく屋敷まで走り去ってしまった。
「えっ!?まっ……」
彼女を引き止めることも出来ず、
片手を伸ばした状態で、固まってる俺をベルが不思議そうに見つめる
「いかが致しましたか?」
「……いや。なんでもない……。」
やり場に困った片手でワシャワシャと、後頭部の髪を触りながら、ゆっくりと屋敷に帰宅した。




