第八話
彼女が嬉しいと自分も嬉しい。
彼女が悲しむと自分も悲しい。
彼女が怒ると自分も怒る。
そんな誰にでも起こりうる日常だから、無くしてはいけない大切なもの。
それに気がつくのはいつになるのだろう。
時は戻り、戦歴1497年7月1日
俺は腹が減ったので、台所へ何か腹の足しになるものをもらいにきたのだった。
台所からは美味そうな匂いが立ちこめている。
思わず涎が出そうになる。
しかし・・・そんな匂いとは裏腹に何故だか騒がしかった。
「きゃあああぁぁ!」
どんがらがっしゃーーーーん!
そんないろんな物が落っこちているような騒がしい音。
犯人は奴しかいない。
「まぁた、阿呆か・・・五月」
「あ、武直様・・・お恥ずかしいところを・・・」
目の前の少女は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
こういう阿呆な事をするのは朝霞の世話係の中でも一人だけ、高城五月である。
そんな五月の行動すら笑って許してくれているのだから朝霞の世話係のみんな優しいものである。
五月は料理の腕自体は別段そこまで上手いというわけではない。
強いていえば普通だ、だが普通だからこそ気兼ねなく食えて落ちつく。
ただそんな五月にも弱点といえる事があった。
それは料理をするための準備とか片づけとかそういったものが「壊滅的に下手」である事、「壊滅的に下手」なのだ。
言うつもりはなかったが2回言ってしまった。
「武直様、私の段取りが下手とか思っていませんか?」
「いや思ってないぞ」
壊滅的に下手とは思っているが・・・。
「それよりも五月、腹が減ったんだ」
「じゃあ、おにぎりでもにぎりますね」
「あぁ、頼むよ」
五月は釜の中からご飯を取り出し器用に握り飯を作っている。
あれで段取りが壊滅的に悪くなければ良い嫁さんになるんだがな。
おっと、4回も言ってしまった・・・あまりいじめがすぎるのも良くないな。
心の中で五月に謝っておく。
「はい、ぞうぞ~」
「おう、ありがとう」
おにぎりを口に運ぶ。
うむ、相変わらず美味い。
「美味しいですか?」
「あぁ、なかなかのものだ」
「良かったぁ」
そう言って彼女は嬉しそうに笑っていた。
そんな五月を見て笑っている自分に気がつく。
五月は感情表現が多彩だ。
多彩であり、柔らかいその表情は人を幸せになる、ような気がする。
でも五月と一緒にいる自分は武士とはかけ離れた所にいる気さえするのだ。
唯一の安らぎの時間なのかもしれない。
おにぎりを食い終えて茶をすする。
ゆっくりしていると五月から話しかけてくる。
「武直様、私はお料理を作ったりするこのお仕事が好きなんです!」
「いきなり、どうしたんだ?」
「だって素晴らしいと思いませんか、私達は時代を創る事もできないけれど人の未来を創る事ができるんですよ」
あまりにも嬉しそうに自分のしている事を話している。
言っている事はわかる、食は生きていく上で必要不可欠なものだ。
生き物が未来を歩む為には一にも二にも食が必要なのだ。
そういった意味では五月の表現も当たっている。
「五月は良い子だ」
そういって五月の頭を撫でてやる。
五月は顔を真っ赤にしている。
うぶな奴だな、そう思わせる。
しばらくすると世話係の仕事があるという事で、五月は数人の女達と移動を開始した。
俺ものんびりしすぎたか、そろそろ剣の修行でもしよう。
俺達はあんな優しい笑顔を絶やさない為にも戦っている。
それは前線に立つ俺達の身勝手なのかもしれない。
いつか、そんな時代が終わる日がくる。
そう信じて今は戦う。
終