第五話
時の流れは速いものだ。
年月を重ねると特にそう思う事がある。
幼き日には長く感じたこの道も、大人になると早く感じる。
子供の時に見れた大切なもの、大人になるとなぜ見れなくなるんだろうね。
大切な何かを忘れながら、しかしその一歩は重く・・・。
戦歴1500年7月2日
あれから早三年が経過していた。
山王国との戦も気がつけばそれだけの年月を戦っていたのだ。
三年間・・・言葉にしてみれば漢字三文字で容易いものだ。
しかしこの三年という道は景色を変えるには、人を変えるには十分な時間だったのだ。
一つ目は我が朝霞と山王の国力と軍力の差。
開戦当初はお互いの国力も軍力もほぼ互角という均衡を保っていたのだ。
しかしここ数年で山王は大きく拡大した、その対比は今となっては8:2といっても過言ではない。
朝霞を葬るには十分すぎる程の力であろう。
それなのに今日まで山王と互角の戦いをしてこれたのは・・・正直な話遊ばれているのだろうと考えている。
山王の大きさを考えればなぜそこまで朝霞にこだわっているのかが唯一不思議なところだった。
二つ目は日常の変化。
三年間の戦で朝霞の城を山王が襲ったのは二度ある。
わずか二度なのだ・・・朝霞の軍力を考えれば本気で攻めれば終わっていたはずなのにだ・・・。
この戦により3000人はいた国民の数は半分を大きく超える800人にまで減少したのだ。
前線に立つ者として、なにより国民を守れなかった自分に怒りを覚えた夜を何度も迎えた。
さらに過去の戦いにより朝霞武直軍の主力剣客であり天崎武直の右腕である力丸が左目、左腕を失うという大怪我を負ったのだった。
これにより必然的に力丸は後衛の守りになる。
勿論、引退を勧めたが本人の意向により力丸が軍をはずれる事はなかった。
三つ目は二つ目に伴う配置の変化である。
三年間の変化は何も悪い事だけではない。
あの時、三年前に助けた少女「鏡花」、彼女がわずか三年で武直軍の筆頭剣士にまで成長したのだ。
天武の剣・・・そういえば収まってしまうが、なによりも強くなろうという熱意が凄かった。
憎しみではない澄んだその剣は、あと少しの時間で俺と力丸の腕をも超えるだろう。
今では鏡花が右腕として働いてくれていた。
「鏡花」
「はい?」
「今日は良い天気だ、たまにはお天道様を見ながら飯を食おう」
「しかし、城の見張りはどうするのですか!?」
「力丸がいる」
「力丸様が・・・」
鏡花の心配も無理はない。
隻眼隻腕の剣士に城が守れるか、という事であろうな。
「鏡花・・・」
「はい!」
「力丸を見くびるな、あいつが俺以外の剣客に易々とやられるような命ではないぞ?」
「はっ、失礼しました、では早速支度を・・・!!」
「大丈夫、ちゃんと五月から飯をもらっておる」
準備は万全だ。
「武直様、どこで飯を食べるのですか・・・?」
「良い、全て任せて連いてこい!」
念の為に力丸には外へ出るという事を伝える。
仲間達と昼間っから大酒を飲んでいた力丸は「ガハハハ!」と大声をあげて笑っていた。
あれ程の大怪我をして意気消沈するどころが前にもまして元気になるとは見上げた男よ。
お天道様を見ながらの飯も昼間っからの大酒もできるのは、現在は山王からの手が緩くなっていたからだ。
風の噂を聴くところによると山王は我が朝霞の他にも数国にわたって手を出しているらしい。
しかしそんな状態に限らずとも山王が本気を出せば国力が減少している今の朝霞を攻め落とすのは造作もない。
最低限の気を張りながらも、つかの間の平和を楽しんでいた。
ある程度、馬を走らせたところに少しだけ見晴らしの良い平原へと出た。
あまりにも見晴らしが良すぎると敵に見つかる危険もある。
久しぶりにのんびりと楽しく飯を食えた気がする。
鏡花も楽しんでくれているような気がした。
気がした、というのは鏡花は三年前のあの日以来、喜怒哀楽の感情が欠けていた。
何となくの雰囲気で感情は読めるが、やはり人として感情が欠落しているのは悲劇なのだと思う。
飯を食い終わり、少しだけ休む。
「鏡花よ」
「何でしょう、武直様?」
「連いてまいれ」
平原から少し歩くとすぐに草むらが生い茂る地帯になる。
刀を使い、道を切り開いていく。
少し歩くとすぐに視界が開けた。
「おぉ、無事についたな」
「ここは・・・?」
そこは辺り一面に幻花・鏡花が咲く場所だった。
「鏡花・・・この花の正面にいってごらん」
「はい」
「幻花・鏡花・・・その名前のようにその人の真を映す、その人の心の色をね、鏡花は何色にその花が見える?」
鏡花は幻花の前に立ち、じっとその花を見た。
「私には・・・赤く見えます」
「赤く・・・?」
ふと、鏡花が見た赤に関する記憶を思い出す。
あの惨劇、もしこれなのだとしたら・・・。
「はい、赤くです・・・でも・・・この赤は火です」
「ふむ、火、とな?」
「私の火です、国民を守る、弱気を助け強気を挫く、この火は私自身の義なのです・・・と、思いますけど・・・」
途端に自信をなくすような声。
このような怪奇的な伝説事を前にすると途端に自信がなくなってしまうのが鏡花だ。
「よくぞ言った、鏡花!」
「え・・・?」
「お主の義は確かにこの天崎武直が預かった!」
俺は自分の腰についていた刀を鏡花に掲げた。
「受け取れ、鏡花」
「でも・・・それは!」
「今年で元服、その祝いだ」
少しためらっていたが恐る恐る刀を受け取った。
鏡花の使っている刀は女子が使えるように少し小さめに作られている。
男が使う刀は、小柄な鏡花にしてみれば大剣のそれとなんら変わりがない。
「・・・・・・」
彼女は何を考えているのだろうか?
感情が欠落したその無表情な顔でただその刀を見つめていた。
彼女の熱意は幻花・鏡花で見させてもらった。
唯一悔しかったのはそんな彼女の「火」を見切れなかった己の器量の小ささだった。
終