第十五話
何か乾いた竹が割れたような音が耳に入った。
嫌な予感がする。
進軍を急がせて先へ先へと進む。
ある程度進むと戦場が見えてくる。
しかしその戦いの光景を見ていると何故だが違和感がした。
何かがおかしい・・・。
ふと、見ると鏡花の乗っていた馬の近くに兵が数人群がっていた。
「全員進めぇ、第一陣を援護し一気に敵陣を崩すのだ!」
再び巻き起こる怒号の嵐。
その嵐にそれて鏡花の元へと向かう。
「お前達、何をしている他の兵は戦っているというのに!」
「武直様!」
「どうしたというのだ!?」
兵達は俺に見えるように道をあけてくれた。
「っ・・・?」
そこには信じられない光景があった。
血まみれで倒れている少女・・・鏡花が。
「なっ、鏡花・・・やられたっていうのか!?」
「奴等この戦に種子島なんて持ち込んできやがったんです・・・」
「種子島・・・」
見ると鏡花の胸には無惨にも穴があいていた。
そこからは今も止まらない血が流れ出ていた。
つい数時間前には元気な顔してたのに・・・そんな真っ青な死人みたいな顔。
「鏡花・・・鏡花、鏡花!!」
「・・・・・・」
少女は目もあけなかった、問いかけに答えてくれなかった。
「まだ息はあるんだ、助かるんだよ!!」
「武直様・・・」
「誰でも良い、こいつを城まで運んでくれ!」
「たけな・・・お・・・さま?」
「鏡花・・・!?」
「いい・・・んです・・・もうむりです・・・」
「無理なものかっ、諦めるな、そんな事を俺は教えていないぞ!」
そんな言葉も今の鏡花には酷すぎる言葉だったのだろうか。
もう助からない・・・そんな事は誰が見たって明らかなのに。
もしかしたら・・・そんな甘い幻想にすがって彼女をここに残させようとするのは酷な話なのだろうか。
「たけなおさまぁ・・・」
「何だ、鏡花!?」
「・・・ありがとうございました・・・この・・・花は・・・おかえし、します」
そう言って彼女は安らかに目を閉じた。
鏡花はそのまま兵達により、後方へと下げられた。
「鏡花・・・」
悲しかった、ここが戦場でなかったら今すぐにでも泣きたかった。
だから泣けない。
戦場で自分の感情を爆発させてはいけない、特に悲しみの感情は・・・、それは俺自身が彼女に教えた。
だから泣けないのだ。
見ろ鏡花・・・。
これが朝霞の兵だ、これが天崎武直だ。
彼女を見ずに背中で見送った。
俺が彼女にできる事、強い武直を見せてやる。
「残った者は全員、攻めろ!」
「はっ!!」
「行くぞ、前へ出ろそれでいい!!」
一人がやられたのなら二人で攻める。
二人がやられたのなら四人で攻める。
四人がやられたのなら全員で攻めろ!
団結しろ、朝霞は勝つのだ。
ふとした違和感は彼女の気配だったのだろうか。
それはこの戦場に来たときから感じていたものだった。
おかしい、敵の数が少ない。
そうでもなければ朝霞が山王をこうも簡単に押す事などできない。
その時に俺は重大な事に気がついてしまった。
その考えはただの違和感から確信に変わった。
こちらの進軍ペースは数十分前からあまり変わってない。
むしろこちらも押せねば、あちらも押せぬといった勝負をしていたのだ。
数でも力でも勝る、山王がそんな消耗戦をする必要があるのか?
答えは否だ。
では、そんな戦略をしたらどこを攻める、それは・・・。
その考えが頭をいっぱいにした瞬間に体中の血の気がサーっと引いていく感じがした。
その瞬間にダンダンダンと大きな爆発音が響いた。
振り向くと山王の火縄部隊がそこにいた。
容赦なく降り注ぐ、鉛の雨の前にあっという間に兵力は減少していった。
形勢は逆転された。
いや、元々形勢はこちらが押されていたのだ。
「天崎武直はおるかー、我が輩は山王の武将、赤鬼の轟禅である!!」
自分を呼ぶ武将の姿がいた。
赤鬼の轟禅、類い希に見る剛剣で戦国のこの世に君臨する化け物と呼び声の高い武人である。
「俺が朝霞の天崎武直だ」
「よくぞきた武直殿、朝霞を支配に置く前に貴殿との死合いをしたかったのだ」
「死合い?」
「そうだ、国と国との戦いは山王がもらうがまだ我々の戦いが残っているだろう!」
「・・・・・・」
そうか、こいつが山王の前線で指揮をとっていた武将だったのか。
わざわざ敵の前に姿を現すところを見ると、今回の戦略はこいつのものではない。
恐らくはついに出会えなかったが山王の参謀者、そいつの考えか。
「どうした、我が輩との死合いを望まぬのか!?」
姫、すみません・・・俺は貴方の理想を実現するどころか貴方を守りきる事もできませんでした。
お許しください、せめて俺の全霊も持ちてこの男との決着をつけます。
「轟禅殿」
「む?」
「朝霞に最後の戦いをくださった事を感謝致す」
「うむ」
「ただ・・・一つ頼みがあるのだ」
「なんだ?」
俺は後ろに下がっている朝霞の兵を見た。
「こいつらを助けてやってはくれぬか?」
「・・・・・・」
「私は貴殿との決着をつける、だが、こいつらはもう終わらせてやってほしい」
「良かろう、皆の者聴けっ、ここにいる者は全員武器を捨てろ!」
その声と同時にそこにいた全員が手に持っていた武器を投げ捨てた。
「全員散れ、山王も朝霞も・・・戦いは終わったのだ、家族の元へ帰れ、待っている者の元へと引き返せ!」
山王の兵は少しずつ引き上げていく。
朝霞はまだ引き返す事はない。
「みんな下がってくれ、これは命令だ」
「しかし、武直様・・・」
「良いんだ、恐らくは朝霞の国はもう山王に崩されただろう・・・だからだ、負けたのだ、我々は・・・戻ってやってくれ、待っている人の元へ」
朝霞の軍も引き上げていく。
最後まで武直を見ながら。
これで良いのだ、もう混沌としてしまったこの戦いを終わらせるには誰かが最後の決着を、責任をつけなければならないのだ。
「待たせたな、轟禅殿」
「いや結構、天崎武直殿、加減はせぬぞ、我が輩にも待ってくれている者がおるのでな」
「それは俺もそうさ、いやそうかもしれない、その答えを見たいから貴殿を倒す」
全ての兵がいなくなった、広い平原にたった二人の男だけが立っていた。
終