開戦のヴォカリーズ(8)
「あんたがニヤニヤしてるとこ、珍しいな」
嫌味ではないことは承知しているが、私は唇を引き締めた。
「目黒先生から聞いたんやけど、昨日、目白先生とええムードやったらしいな!? 若いって最高やな、ヒューヒュー!」
これだから、公務員は暇な職業だと誤解されるのだ。加えて、トレンディドラマと熱血教師ドラマに振り回されている。目黒先生も同罪である。分身をカメラ小僧のように使わないでいただきたい。
「音楽室で語らってたんやろ。池袋先生が仲人やな! 俺で良かったら、新郎の父代わりするで!!」
「違います。教職とジゲン研究で、結婚を考える余裕がありません。それに」
田端先生が唇を窄めて、こちらを向いた。
「同僚に恋愛感情を抱くなど、有り得ない」
職場内で交際・結婚するなと他人に強制するつもりはない。法律で禁じられておらず、私に人の仲を采配する権限は皆無だ。
「けっ、おもんないな」
期待外れで、結構だ。他の先生同士を想像でくっつけて遊んでください。
「自覚してへんようやけど、あんた、モテモテなんやぞ。幅広い年齢層に好かれて、ずっこいわ」
「奥さんが聞いたら、嘆かれますよ」
「俺は万年、三枚目かマスコットキャラやでー。あとな、オタク系の中でもアングラな子らに、カリスマ扱いされるんや。世界はドアホやな、俺こそがイケメンのイデアやねん、名前が出也だけにな!!」
もうじき珊瑚婚式のあなた、話を聞きなさい。金婚式の記念品を役所からもらうことが、夢ではなかったか。
「まあ、だまされたと思って、結婚してみ? そら責任は増えるけどな、一緒に飯食うて、なんでもかんでも分け合うのは、けっこうカッコウ楽しいもんやで!」
「……今後の参考にします」
田端先生が私の肩に腕を回した。その太さは、学生時代に野球部で鍛え抜かれた事実を物語っていた。
「俺んとこにはおらんけど、子どもとか孫できたら、毎日が祭りらしいで?」
子ども、か。あまり私を継いでほしくないな。鄙びた容貌、無駄に身長が高い、妙な部分が生真面目で、話がつまらない。確実に損をする人生を送るだろう。私は、身ひとつで足りている。
「そうや、子どもで思い出した! 来週入ってくる留学生は、あいつの息子やで」
丸刈り頭の上で、先生は親指と人差し指をこすりだす。「あいつ」の特徴を伝えようとしているのだろうか。
「どなたですか」
「そこは当ててくれへんか。クロエ先生や」
指で縮れ毛、つまりパンチパーマを表現していたのか。いや、着目すべき所は……。
「目黒先生のお子さんですか」
「聞いてへんかったんか? 先生が会議で言うてたやろ。名字はちゃうけど、れっきとした息子やってな」
跡見さんからの情報を反芻する。留学生がジゲンⅠに隠していたゲートを持ち出したと仮定して、命令した者がいたのならば。
「どないした? めっちゃキツい顔してんで」
飛躍するな。民を第一に考える目黒先生が、国を混乱させる暴挙に出るか? わざわざゲートを暴走させてまで、幸福な未来を得ようとするか?
「王子やからって、ピリピリせんでもええぞ。普通に接したりや」
留学生から直に聞いた上で、目黒先生に問うか。生徒を十年程見てきたのだ、嘘をついているか否かを読み取れる。どうやら彼は私に興味があるらしい。好都合だ。
「帝王学の一環でしたよね、ほどほどに対峙しますよ」
「頼もしい副担や!」
士気を高めた私達へ、DJのダンディな声が飛び込んだ。




