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白の逢瀬


「閉館前にもう一度、行きたかったんです。先生と一緒に」

 ガラス張りのドーム内を、目白(めじろ)先生は踊るように歩き回っていた。

「覚えていらっしゃいますか? 去年の遠足」

「はい。ここに来ましたね」

 目白先生が、館内の中央に据えられた菱垣廻船(ひがきかいせん)を背に微笑む。

 私達は、四輪(よのわ)市に隣接する大都会・泰盤(たいばん)市の港町を訪れていた。泰盤湾に浮かぶこのガラスのドームは「なみはな(うみ)のタイムマシン」、船舶・海運・海洋をテーマにした海事博物館である。十年前にオープンし、当初は珍しさに来館者が殺到したものの、しだいに飽きられ赤字を連発し、この年末にクローズすることとなった。

「貸し切ってくださったんですか。突然ですみません」

「いえ、これぐらい何とも」

 跡見(あとみ)さんに田端(たばた)先生へ連絡してもらったのだ。館長と田端先生は美大で共に学んだ仲のため、無理を申したのである。

「海底トンネルで、手をつないでくださってありがとうございました」

「暗かったので」

 親父なら、もっと洒落た理由を惜しげもなく言えるだろう。私は、女性の扱いは落第レベルだった。それでも、彼女を喜ばせなければならなかった。

「次は私からです。えい」

 私はまるで蝋人形のようになった。目白先生にされるがまま、指を組み合った状態で船の周りを走った。

「いつもは『危ないからゆっくりよ』って注意する側ですけど、今日だけはハメを外していいですよね」

 孤独の雪にかき乱された思い出を、私といて塗り替えられたなら、幸いである。

「鶯谷先生は、米俵持てますか?」

 腕まくりをして軽々と、はいかなかった。デスクワークが主体の現代人が、水夫に挑もうとは無謀だ。

「大航海時代のスパイスですって。ほら、シナモンですよ。甘い香り」

「アップルパイが食べたくなりますね」

「やっぱり、鶯谷先生は甘党なんですね。残業の時に、チョコレートやマシュマロをつまんでいますから」

「糖分補給して、頭の回転を速めているんですよ」

 どこに面白い所があったのか、目白先生は「うふふ」と声を出していた。

「はしゃぎすぎて、ちょっと疲れちゃいました。先生」

 保護のマホーが破れた時と同じ表情で、彼女は私を見つめた。

「膝枕を、してくださいますか」

 私は黙って、湾を望めるベンチへ手を引いた。

「どうぞ、楽な姿勢で」

 目白先生は私の隣に腰かけた後、そのまま横へ体を倒した。

「お話を、聞いてくださいますか」

「いくらでも、いつまでも、聞きましょう」

 私の膝の上で、彼女は丸まって言葉を紡ぎ始めた。



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