開戦のヴォカリーズ(7)
「うーい、なんとかホームルームまで耐えられたで」
田端先生が、タオルで粗雑に口元を拭って、息を吐いた。
「二学期直前に飲み屋ハシゴしたんが、あかんかったな。うえっぷ」
美術準備室の流し台に、液体やら半個形状が流れ落ちる音がした。便所で処理してもらえないだろうか。消毒する身にもなっていただきたい。
「若い頃は、焼酎なんか水やったのになー。マー坊も気いつけや! うぼえ」
「肝に銘じておきます」
背中を摩って差し上げつつ、先生に訂正をお願いした。
「昔の呼び方は、極力控えていただけませんか。いつ、誰が聞いているか分かりかねませんから」
「おう、すまん、すまん。鶯谷先生やったな。許してちょんまげ」
適当に謝られて髻……ほんの冗談だ。田端先生や目黒先生が口にすれば、場が和む。一方、私は周りに生真面目な印象を持たれているのか、場が凍りつく。授業後、生徒が「あんなキャラだっけ」と呟かれ、割と堪えた。
「全て出し切りましたか」
「まあな。いつもごめんやでー」
贅肉で占められた腹を揺らして、田端先生は作業机のラジオをかけた。
「こないだ『ゆうがたリフレッシュ』に、俺のリクエスト曲が流れたんや! 定年前に叶えたい夢、ひとつクリアやな」
「おめでとうございます。お気に入りの番組でしたね」
「今度はお便りコーナー読んでもらおっと。お、言ってる間に、きたきた」
十七時の時報が鳴った後、スティールパンの癒される音楽が始まった。
《クローバー近藤の、ゆうがたリフレッシュ!! お仕事・お勉強等々、お疲れ様です! 夏の忘れ物は、ございませんか? さあ、この時間はあたくしクローバーとリゾート気分に浸りましょう》
そうか、ぎんぎんぎらぎらの「夕日」か。毎回、オープニングに続く童謡の題名が、脳内からなかなか出てこなかった。私にとって、スティールパンの音は、海中をイメージさせる。水面を通して望む夕日は、どんな見え方がするだろうか……。




