激動のヴォカリーズ(castling2)
黒がどこまでも広がっていた。光の差し込む隙を与えず、他の色を許さない世界であった。目を開けているのか、閉じているのか、私自身でも分からない。
「鶯谷先生」
目黒くんか?
「いらっしゃれば、返事をいただきたく候」
「私は、ここだ」
安堵の息が聞き取れた。
「これより、歩きやすくする呪いをかけるで候。しだいに、音や周囲を感じ取れるようになるで候」
身体のどこか一点を押された。程良い刺激の後、右側に白い滲みが見えた。
「某の声に候。ロロ殿」
左側に、小さな黄色い花が浮かび上がった。ドットの集まりだった。
「坊ちゃん、聞こえますか?」
坊ちゃん、と透き通った声がする度に、点描の花が咲いていった。
「ああ、しっかり聞こえているよ」
「わたくしめも、アレテ様のおかげで周りが分かるようになりました!」
複数の花が、少女のシルエットを形作る。裾の広がったスカートとフリル付きのブラウスに、おかっぱ頭……モノトーンであるが、確かにロロだ。
「効いているようで候」
「そうだね、君の姿もはっきりしてきたよ」
ここでは詰襟がシルバーグレーに染まっていた。彼ははるか先の鉄塔らしき物を指した。
「此が城也。ロロ殿、すまぬが飛行のマホーをかけていただけぬか」
ロロは胸を叩いてみせた。
「それではもう一度、お手を……」
目を丸くして、ロロはある方へと走った。
「どこか痛いのでございますか?」
ロロが話しかけていた相手に、目黒くんが動揺した。
「キジヒ殿ではないか……!」
目黒くんはジゲンⅢ用の達磨を脱いだ。本来の姿である白い棒が、倒れている黒い棒に寄り添った。
「おおお、そのお声は……王子様……」
知り合いか、と私が訊ねたら、家臣だと目黒くんは教えてくれた。
「反乱組織に、追い出されました……。お城には、組織のリーダーが王様と立てこもられております」
「他の者達は、何処ぞ?」
キジヒ氏は息を乱しながらも、目黒くんの問いかけに答えた。
「白い雪に、当てられ……組織の、一員にさせら……あがあっ」
叫びの後、キジヒ氏の身体が白くなった。
「お手当てを!」
呪文を唱えようとしたロロを、目黒くんが制した。
「城へ逃げるで候」
キジヒ氏がおもむろに起き上がり、垂直にジャンプした。
「裏切り者だ……、裏切り者が、ここにいる!」




