激動のヴォカリーズ(21)
「鶯谷先生」
目黒くんは、黒い直方体の石を抱えていた。ジゲンⅠのスクエイアの証、黒瑪瑙だ。
「なぜ、お父様の大事な物を持っているんだ?」
私の問いに答える代わりに、目黒くんはスクエイアの証を差し出した。
「若造、無事じゃったか。ロロ殿、ランクが上がったようじゃな。おめでとう」
黒いスクエイアの証を通して、目黒先生が話していた。
「先生は、どこにいらっしゃるんですか」
「旧校舎におるぞよ。弟と一緒じゃ」
私はスクエイアの証に耳を寄せた。
「捕まってなどおらぬぞ。わしから会いにいったのじゃ。積もる話があってのう」
目黒先生の声はいつもの調子なのだが、私達を安心させるための演技ではないだろうか。
「そなたの持ち場に、弟が訪ねておったじゃろ」
「いえ、お見かけしておりませんが」
目黒くんがため息をついた。
「先生は、実父シロエが父に化けていたことを知らぬであるまいな?」
「そうだったのか!?」
目黒くんはあからさまに呆れており、彼の父は呵呵と笑った。
「父は滅多に仕事を抜け出さぬで候。あるとしても、周りに迷惑をかけぬよう手を尽くすで候」
「恥ずかしがり屋なんじゃよ。背が高く、岩のような強き体に生まれておるのにのう、もったいない」
誰かさんも継いでおるのう、と目黒先生に言われ、目黒くんは口をへの字にした。
「若造、そなたにひとつ頼んで良いかの?」
所々、ノイズが混じっていた。家族とのひと時が、あまり穏やかではないようだ。
「アレテを信じてやってくれぬか。そなたに、次の王を支えてもらいたいのじゃ」
「もちろん目黒先生も、ですよね」
生徒達が先生の数学を、楽しみにしている。明鏡中学校でも、先生はなくてはならない存在だ。
「ゲートの暴走は、スクエイアが止めるものじゃ。役目は果たすぞよ」
ノイズが酷くなっている。長く話せそうにないな。
「アレテ、ジゲンⅢとⅡのスクエイアに付いて、多くを学ぶのじゃぞ」
「承知仕る」
だんだんノイズが大きくなり、数秒して音が切れた。
「父の身に何かが起きたと察し、実父を追えば、空き教室に黒瑪瑙が転がっていたで候」
目黒くんは長い脚で、廊下を踏み鳴らした。
「某が、早くに討ち取らねばならなかったで候。呪いの修練を怠り、武術の腕を磨いていたばかりに……!」
「悔しかったんだよな。けれど、スクエイアの証を持ってきてくれたじゃないか。守っていたんだろう?」
子どもと大人の境界にいる彼が、小さく頷く。
「しかし、某は、実父をまたしても逃してしまった。民の不安を募らせ、さらに、これまで築き上げてきた信用を失いかねぬで候。やはり白き者は要らぬ、と」
彼も、出自を気にしていたのか。
「周りと違っているのは、誇らしいけれど、怖いよな。良くも悪くも、注目を浴びるんだ」
「先生も経験があるで候か?」
目黒くんはわざわざ屈んで訊ねた。
「父の影響でね、三度の飯よりジゲンが好きな子どもだったよ。授業と遊びはそっちのけだった。おじさんになった今でもな」
おどけてみせた私に、目黒くんはフッ、と息を漏らして前髪をいじった。
「最近知ったけれど、父はジゲンⅡとジゲンⅢ、どちらの血も引いていたんだ。二つのルーツを持つ父の心境は、遺品の日記に書いている内容だけでは、簡単に理解できなかったよ」
自分を知るために、親父はジゲンを研究していたのではないか。
「出会って間もないが、目黒くんが険しい道を歩んできたことは、見て取れるよ。私に、協力させてくれないか」
目黒くんは威儀を正して、私に一礼した。
「こちらを鶯谷先生に、調べていただきたいで候」
私へゆっくり差し出した物は、白い小石だった。
「ジゲンゲートが保管されていた場所に、落ちていたで候。ゲートのパーツやもしれぬ」
「目黒くんは、ゲートを奪われたところを見ていないか?」
彼は、刈り上げている頭の左側を掻いた。
「遠慮しないでくれ」
私はロロに、盗み聞き防止のマホーを頼んだ。
「実父は身を隠し、城の地下室へ向かっていた。警護にあたっていた兵を眠らせ、ゲートの前で印を結んでいたで候。移動の呪いではと思い、打ち消しの術で対抗した」
目黒くんが白い石に視線を落とす。
「妙な手応えであった。術は効いていたで候。然し、結果としてゲートは持ち出された」
「呪いを組み合わせていたんじゃないのか? 打ち消せた方はダミーだったんだろう」
「一度に複数の術をかけては、意識を失うで候。実父が目的のために、不要な危険を冒すとは思えぬ」
ロロがくしゃみをした。目黒くんが詰襟を脱ぐ。
「着給え、雪で冷えたので候」
「恐れ入ります」
サイズが大き過ぎたため、ロロが雪だるまのような格好になっていた。
「こちらのパーツらしき物が、ゲートの手がかりになれば」
「シロエ氏がわざと残したかもしれないな」
もらった石は、紙製なのかと疑うくらいに軽かった。
「専門家が知り合いにいるんだ。急いでもらうように言っておくよ。三日以内ならどうだ?」
目黒くんは、深く頭を下げた。彼はきっと、父に並び立つ王になれるだろう。




