開戦のヴォカリーズ(5)
新校舎と旧校舎とを結ぶ、アイボリーの通路を渡る。ジゲンⅣのスクエイアは、今日も部活動で旧校舎に来ている。
チャコールグレーの廊下から、冷気が伝わってくる。日当たりの良い新校舎に対してここは、薄暗く、湿度が高い。
女子生徒が窓に手をついて、向こうを眺めている。
「跡見さん」
鋭利な視線が、私を捉えた。
「息抜きしているのかな?」
跡見さんが私の足元を指した。折り紙の金魚が落ちていた。蒼か、なかなか斬新である。
(原稿用紙のマス目を見てばかりいたら、気が狂いそうになるわ)
頭の中に繊細な声が流れる。金魚に跡見さんの言葉が込められているのだ。特殊なコミニケーション方法を用いる彼女こそ、ジゲンⅣのスクエイア・アドミニスさんであった。普段は、二年三組の留学生、跡見仁子さんとして過ごしている。
(追い込みの時に限って、筆が進まないわね)
「この時期の文芸部は、文化祭用の文集に取り組んでいるんだったな」
そうだ、と跡見さんは目で訴えていた。
(夏の短編企画の批評会と並行しているのよ)
勉強以外に夢中になれることが有って、素晴らしい。
「今度、ジゲンⅠからの留学生が三組に加わるんだが……」
廊下にもう一匹、金魚が増えた。
(知っているわ。用心して。彼はウグイスダニに関心を持っている)
跡見さんは「鍵を持つ人」を長年慕っていて、真っ先に私の身を案じる。「鍵を持つ人」は、ジゲンゲートを四基閉じると、命が尽きるのだ。ゲートが暴走したら、鍵で閉じなければならない。
「その留学生が、災難を運ぶかもしれないのか?」
(女の勘を舐めてもらっては、困るわよ)
膨大な時の中で、幾度となく「鍵を持つ人」を失ってきたのだから、パターンが読めるのだろうか。
(ジゲンⅠの王城に、封印されたゲートの一基があるでしょう? 数日前に無くなったの)
面食らった。ゲートは持ち出しできるのか。
(私でも耳を疑ったわ。問題は、最後にゲートの近くにいたのが、彼だったことよ)
「仮に彼がゲートを運んだとして、どういう目的があるんだ?」
(暴走させようと企てているとしたら?)
ゲートの暴走について私は、人為的に起こしているのでは、と仮説の一つとして立てている。
過去の暴走である赤い炎は、ジゲンゲートを燃やして、ジゲン間の交流を断たせた。それを好都合に考える者がいて、行動を起こしたのならば、脅威だ。
(未だに武力が至上とされる世界よ。他のジゲンを焦土にしかねないわ……)
事実だとしたら、スクエイアが未然に防ぐべきだ。
「彼の行動に注意しておくよ。忠告ありがとう」
跡見さんは素早く回れ右をした。
(小説の続きが浮かんだの。あなたに感謝されて、花恥ずかしくなったから、部室に帰ろうとしたわけではないわ)
後ろ姿では冷静沈着であろうとしているが、声が上擦っていた。
「無理をするなよ」
四秒静止して、跡見さんは廊下の奥へ消えていった。




