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激動のヴォカリーズ(16)

「せんせー、スタンプくださーい」

 合唱部グループの一人が、全員の台紙を持ってきた。私は、流れ作業の如くゴム印を押す。授業ノート回収時に使う「確認しました」印である。

「目白先生、こっちこっち!」

 高津さんが、ホワイトボードへと目白先生の袖を引いた。

「すごい発見しちゃった! 私、天才かもしれない」

 鳥の囀りに近い音を立てて、高津さんはマーカーをボードへ走らせる。

「オリジェムを英語っぽくしたら、orijemでしょ。で、逆さにするとー」

 高津さんは、無邪気に笑って息を深く吸った。

「mejiro! ねっ、先生の名前と一緒!」

 目白先生に同意を求めていた高津さんの顔が、一瞬にして青ざめた。

「先生、先生!?」

 周囲が切迫した空気に支配される。私は、目白先生の元へ駆けた。

「……っ!」

 私としたことが、声を詰まらせてしまった。目白先生は瞼を開いたまま、硬直していたのだ。

「ダニー、私のせい? 私が先生をこんな風にしちゃったの!?」

「高津さんは、悪くない。保健室へ行って、先生を呼びなさい」

「う、うん!」

 目白先生の呼吸を確かめる。息をしていない。胸部や腹部の動きもみられなかった。

「ケマルスくん、カシカクくん、マホーのランクは?」

「4です」「5だべ」

「よし、ケマルスくんは、生命エネルギーを送るマホーを目白先生にかけてくれ。カシカクくんは、物を瞬間移動させるマホーを頼む。新校舎の昇降口に置いてあるAEDをここへ」

 二人ともすぐに呪文を唱えてくれた。ケマルスくんのマホーで、私と目白先生の小指同士に糸が結ばれた。ハニーイエローの光が糸を伝い、私のエネルギーを点滴よろしく少しずつ彼女に分けるのだ。

 カシカクくんからAEDを受け取った直後、スラカさんと上汐さんに声をかけられた。どちらも窓を指し示している。

「雪が降ってる!」

「先生、ジゲンⅢは、冬に雪が降ると祖国の学校で教わりましたが」

 北国ならまだしも、四輪(よのわ)市は近畿地方、瀬戸内海式気候である。積もらずに雨か霙になるはずだ。

「めっちゃ真っ白じゃん。いいなー、私らも遊びたい」

 スタンプラリーを二の次にして、生徒達が一人、また一人と中庭へ飛び出す。体操着の者まで、体育館を抜けてターンしながら雪を受け止めようとしている。三年生だったか、授業はどうした?

「おかしい……降り始めて間もないのに、もう積もっている」

「スラカさんも、そう考えていたか」

 小指に痺れを感じた。結ばれた糸の色が、淡くなったのだ。

「意識が戻られましたよ」

 ケマルスくんが体全体で目白先生を支え、マホーを解いた。ひとまず峠を越えたか。

「すみません、私……」

 白いカーディガンの裾をすり合わせて、目白先生は私を見上げた。

「高津さんが自分を責めていましたよ。ケアをお願いします」

「はい……」

 しゅん、の擬態語が当てはめられるぐらい、萎れた返事だった。養護教諭への対応も任せたが、呆けていた。

「くれぐれも、無理なさらないように」

 頼りなさそうだった目白先生の面持ちが、即座に明るくなった。

「ありがとうございます!」

 単純なメンタルである。子どもと変わらないな。

「寒いと思ったら、雪だったんですか」

「そうです。先生が意識を失われた時に、突然」

 生徒達が窓の前で、騒いでいる。

「もう、次のチェックポイントへ移動しなさい」

「鶯谷先生、あれ」

 島之内さんが、怯えながら中庭を指す。ある生徒が片膝を抱えながら寝転がっている。様子のおかしさに群がる生徒達も、しだいに腕や脇腹を押さえて、しゃがみ込んでゆく。

 全員、患部が棒と化している。色は、激しく降る雪と同じ白であり……。

「ジゲン差過剰反応だ!」

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