開戦のヴォカリーズ(4)
「そうじゃった。ロロ殿、そなたの友人が二年一組に転入するぞよ」
「もしかして、プリマヴェーラ、エスターテ、アウトゥンノ、インヴェルノでございますか」
黒江先生は首肯した。「季節の小人」と総称されるジゲンⅡの住人だ。名前は、伊国語でそれぞれ季節を表している。なぜ、小人達はジゲンⅢの言語を採ったか。小人達を描き写した画家が伊国に在住しており、現地の言葉に魅せられたのだそうだ。
「学校にてお勉強……うらやましゅうございます」
「今からでも教皇さんに頼めば、いけるんとちゃうんか?」
「このごろ教皇にお会いする機会が、めっきり減ったのです。他のジゲンとのやりとりで、大変忙しいのでございましょう」
田端先生は、眉を落とした。
「ロロちゃんやったら、俺んとこに入れたんねんけどなー。もう埋まってもうてるんや」
田端先生が担任、私が副担任を務める二年三組は、ジゲンⅠの留学生を迎える。
「クロエ先生、三組の新しい留学生を面倒みたってくれへんか? 一組は四人も来るんやろ。一人増えたって、どうってことないやんか。あんたの国民なんやし」
無茶振りはおやめなさい。ロロを三組の生徒にしたいのだな。
「わしは、一組の副担任二号ゆえ、その権限は無いのじゃ」
「あんたには冠があるやろ。このジゲンにはな、側近に印籠を突きつけさせて『この紋所が目に入らぬか!』って、悪党を土下座させる奥の手があるんや」
狭い界隈の知識を吹き込んで、どうする。
「そなたに王の資質は、涅槃寂静すら満たないのう」
「おん?」
睨み合う田端先生と目黒先生の間に、ロロが潜り込んだ。
「おじさま、クロエ様、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。わたくしめが過ぎたことを口にしたばかりに……」
「ロロは悪くないよ。学びの機会をもらえて羨ましく思うのは、当然だ」
まともに育った者ならば。学びを疎かにすると、心が貧しいまま空虚な生涯を送る。
「坊ちゃん、わたくしめは、すぐそばの幸せを見落としてしまっていたのです。絵を抜け出して、他のジゲンに行き来できるようになったことを」
百年前、全ジゲン各所に存在していたジゲンゲートの大半が、赤い炎により失われた。残った四基のゲートは、炎を逃れるため、それぞれのジゲンに封印され、ジゲン間の交流に制限がかかった。ジゲンⅡを例に挙げるなら、住人が描かれた絵が、窓の代わりであった。会話は可能だが、触れたり飲食したりすることは不可能だった。幼かった頃の私は、ロロが描かれた色鉛筆画の前におやつを置いて、一緒に食べている体にしていた。
「立派になられた真坊ちゃんに、お会いできたのでございます。いちごも食べられます!」
笑わずにはいられなかった。私よりも長く生きているけれども、子どもみたいなところが多々ある。
「その幸せは、私達が掴み取ったんだ。大事にしよう」
「はい!」
封じられていたジゲンゲートのうち一基を、私達スクエイアが今年の初夏に開いた。スクエイアとは、ジゲンゲートの暴走を止める役割を担う者を指し、各ジゲンに一人置かれている。美術準備室内には、田端先生を除くと三名のスクエイアがいる。目黒先生・ロロ・私だ。
ジゲンⅠは代々王が、ジゲンⅡは教皇が選んだ者がスクエイアになる。ジゲンⅢは「鍵を持つ人」がスクエイアであり続ける。肉体が朽ちても魂は残り、新しい肉体に宿るのだ。記憶を保持しているパターンがあれば、私のように知らなかったパターンもある。今は、魂に積み重ねられた時間を、徐々に受け容れている次第だ。
「冷えてきたな。少し外の空気に当たってくるよ」
「毛布と温かいお飲み物を用意いたしますね」
両手を前に出して呪文を唱えようとするロロを、制した。
「後で頼む」
もちろん、口実である。ジゲンⅣのスクエイアに会うための、だ。