激動のヴォカリーズ(5)
ジゲンⅠの王子は、自らの足で明鏡中学校の門をくぐった。身長は約二メートルあり、周りが壊れたように何度も振り返るぐらいに、注目を集めていた。石灰のように白い髪と肌、プラチナで縫製されたかのようにまぶしい白い詰め襟も、王子を一層際立たせていた。
「ようこそ、目黒さ……君、同級生があちらで待っていますよ」
「忝い」
妙に威厳のある口調に、学年主任はすっかり萎縮していた。
「せっ、先生からは、何かございませんかねっ」
隣に控えていた目黒先生が、哀れみに息を吐き、王子の前へ出た。
「息災であったか」
「それなりに候」
王子は目黒先生に会釈して、隙の無い歩き方で二年生達の列と向き合った。喧騒が、白き威圧で一瞬にして静まる。
「皆様、お初にお目にかかるで候。某は、ジゲンⅠより参った、目黒在照と申す。一年と半年ではあれど、共に学ばせていただきたく候」
礼の途中で、あるクラスのリーダー格が、野次を飛ばした。
「うちの制服は黒やぞ。転入しょっぱなで、校則破ってええんでそーろー?」
数人の子分が、王子の語尾を連呼して茶化す。
「ちょっと、いじり過ぎなんじゃないの。やめなよ」
「え? おまえ、こいつ好きなん? やば」
今度は、学級委員長がターゲットにされた。くだらない所を見せるな、十四歳だろう。私が止めさせようとしたら、王子が既にリーダー格に接近していた。
「やるんか? おれの方が身長ハンデあんのに、ずるない?」
「貴公のような、他人を揶揄う者に振るう拳など要らぬで候」
リーダー格が王子の胸ぐらを掴んだ。
「上から目線やめろや! 学ラン汚したるぞ!」
王子は怒号に眉ひとつ動かさず、リーダー格の腕を掴み返し、軽く捻った。
「いっ、があっ……!」
「彼女に謝り給え。せねば、那由多離さぬぞ」
リーダー格へは仁王の如く睨み、学級委員長へは如来のように微笑む。彼は確かに、目黒先生の生きる姿勢を受け継いでいる。
「うう、謝る、謝るから、はよどかしてくれや!」
王子は懇願を聞き入れ、リーダー格を学級委員長と対面するように、体の向きを変えさせた。片手で同級生を持ち上げられるとは、どれぐらい鍛えているんだ。
「……悪かったな」
約束を守ったことを確かめ、元の立ち位置に戻ろうとする王子を、学級委員長が呼び止めた。
「目黒くん、ありがとう」
王子は片膝を立ててしゃがみ、学級委員長に目を合わせた。
「礼には及ばぬ。某は、ジゲンに生きる者として、当然の行いをしたまでに候」
少年にしては貫禄のある容貌に、学級委員長と他の女子生徒が魅了されていた。
「共に行事を楽しまん、二組の中道殿」
「うん、よろしくね!」
うっとりしている学級委員長へ、友人達が「いいな」「さっそくお近づきになるなんて、やるわね」「イケメン対応すぎ」「私も名前呼ばれたい!」とはしゃぐ。女性教員まで、特にベテラン層が呆けていた。若い演歌歌手に熱を上げているご婦人と同類である。
「皆さん、私語はやめてください。目黒君は、三組の一員に加わります。田端先生」
「ふごっ!?」
田端先生は、睡魔の誘惑に敗れかけていたらしい。見事に丸い頭が、鞭にでも打たれたかのように跳ね上がった。
「目黒君を、最後列へ連れて行ってあげてください!」
「ほいほい」
学年主任の粘着質な小言を気にせず、田端先生は王子を誘導した。
「鶯谷先生」
三組で最も常識があり、高い生活水準にある野江さんが、ためらいがちに言った。
「跡見さん、まだですか? スタンプラリーには参加すると田端先生が今朝、仰っていたんですけど……」
爆弾処理が思いの外、難航しているのだろうか。
「どうしよう、跡見さんと班を組みたかったんです。いろんな本を読んでいるから、おすすめを教えてもらいたくて」
「跡見さんが聞いたら、きっと喜ぶよ。開始までまだ時間がある、もう少し待ってみよう」
遅れる本当の理由を教えてはならないな。危険に身を投じていると知ったら、野江さんの性格上、行事を楽しむどころでは無くなるだろう。
跡見さん、できる限り早く帰ってきてくれ。大したことなかったわ、など頼もしい言葉を送ってくれ。




