激動のヴォカリーズ(3)
「跡見殿は、再び爆弾の解体を試みにジゲンⅣへ戻っておる。ロロ殿は今日も連れて来ておるのかの?」
「昇進試験を受け直しております」
「ふむ。是非とも強くなってもらおうぞ」
教皇が苛まれている今、ジゲンⅡで頼りにされる人物は、後継者のロロだ。スクエイアとしても頑張っている彼女が次こそ合格することを祈る。
「ところで、ご子息とは会えましたか。今日が初めての登校でしょう」
目黒先生は、大きくため息をついた。
「顔を見るはおろか、声すら聞いておらぬ。年頃になっても、挨拶だけはせよとしつけたのじゃがな」
思春期は、ジゲン共通のようだ。
「実の親に似て、背が高いのじゃ。おれば目立つ」
「運動部のスカウトを浴びるほど受けるかもしれませんね」
始業時間が近づいている証拠に、他の先生方が続々と入ってくる。目白先生はとっくに朝の準備を終え、授業用ノートを読み直していた。
「…………どけや」
田端先生が重低音を出して、私達の間を無理やり通った。椅子を足で引き寄せ、乱暴に座る。
「納得ゆく作品が刷れなかったのかのう?」
「なんや、俺にミスさせたいんかミイラ男」
目黒先生は、嫌味のつもりでは仰っていなかった。田端先生の受け止め方に問題がある。
「息子もあんたに似て、俺をバカにすんねんやろ。ジゲンの将来が思いやられるわ」
「躾が行き届いておらんもので、すまんな」
頭を低くして、目黒先生はおとなしく自席に着いた。実に適切な受け答えだ。
「お気を悪くされたでしょう。田端先生に代わり、謝ります」
「良い、良い。生来の癖なのじゃろう。誰にも非は無いぞ」
目黒先生に手招きされ、側まで行った。
「天候に左右されておるのかのう?」
「雨や雪が降る前に、こうなりやすいですね。今日は快晴ですが」
ラジオ、テレビ、通勤経路内にある信用金庫の看板と、天気予報は全て、降水確率0%だった。
「大抵は糖分を補給していただけば、安定しますよ」
私は電子レンジ上の缶箱を開けて、ラムネを幾つか取った。母が勤める大手菓子メーカー南茶亭製菓のロングセラーだ。
さりげなく田端先生の目に付く所に置く。肉付きの良い指が、素早くラムネを捕らえ、放り投げる。ラムネは田端先生の口へ入り、噛み砕かれていった。
「器用じゃ」
「妙な部分で才能を発揮するんですよ」
学年主任が白衣をわざとらしくひらめかせて、私達に声をかけた。
「本日、四時限目と五時限目にジゲン間交流行事を実施します。先日お配りしたタイムスケジュールに従い、段取り良く進めてくださいますよう、お願い致します。それから」
人差し指を立てて、学年主任はいやに仰々しく話しだした。
「目黒先生のご子息であります目黒在照さんが、登校されますので、くれぐれも粗相の無いように頼みますよ」
不気味な笑みを目黒先生に向けるな。「気遣いはいらぬ。普通に接してくだされ」と仰りたいが、目黒先生は耐えていらっしゃる。自分のせいで主任の話が長引き、同僚の業務を滞らせないか案じているのだ。
「もう一点、よろしいですかね。校内の風紀がますます乱れてきています」
校舎内にゼムクリップが散乱している、また、白いペンキの落書きや、垂れた跡が増えている。近頃の子どもは常識がなっていない、親に甘やかされている云々。長話は常なので、呆れて文句を言う気力すら起きないが、田端先生だけは必ず舌打ちをした。ホームルームの一分前まで聞かされ、担任達は駆け足で教室へ向かったのであった。




