激動のヴォカリーズ(2)
「おはようございます、鶯谷先生」
職員室に入ると、目白先生がゼニスブルーの空よりも爽やかな笑顔で迎えてくれた。短く挨拶を返すと、目白先生は両手で握りこぶしを作って、少し高く上げた。
「午後はスタンプラリーですね! 生徒に楽しんでもらいましょうね」
どこまでも明るい人だ。不平不満を唱えたくならないのだろうか。
「左手、治ったようですね」
目白先生は包帯が取れた白い手を、私へ見せた。
「これでまた、いつもみたいに仕事ができます!」
「ほどほどに」
気障な台詞を言った覚えはないのだが、目白先生は赤面していた。
「鶯谷先生!」
「何でしょう」
白いカーディガンの袖をいじりながら、目白先生は上目遣いをした。
「情けは人の為ならず、を実感しました。昨日、道案内をしたんです。おかげで、手が治ったのかも。お医者さんの手当てあってですけどね!」
そんな早くに巡ってくるものか? 久々に滑稽な話を耳にした。
「今、素敵なお顔をされていましたよ」
思わず、聞き返してしまった。
「そっちの方が、先生らしいです。あ! でも、いつものクールなお顔もかっこいいですよ。さっきのは、私だけが知っていたいです……なんて」
どう反応すべきか思考をめぐらせているうちに、目白先生は電気ポットの水を汲みに出た。
「そこは『私達だけの秘密にしましょう』じゃろう」
面食らった。背後から話しかけないでもらいたい。
「心臓に悪いですよ、目黒先生」
菩薩がプリントされた長袖Tシャツを着た同僚は、平然と腕組みしていた。
「わしで命拾いしたのう。隙ができておったぞよ」
無敗の王と語り継がれている先生に指摘されると、冷や汗をかく。
「昨日はどのジゲンにも、目立った動きは無かったのじゃ。この様子をたとえるジゲンⅢの言葉は、嵐の前の静けさ、じゃったかの?」
「合っています」
目黒先生は顔の下半分を覆う髭をいじりつつ「ふはは」と笑った。




