進軍のヴォカリーズ(21)
「こうしていますと、家族のようでございますね」
ロロが、目白先生と私の手を前後に揺らして、ハミングする。横並びで廊下を占拠しているが、今日は特別だ。
「坊ちゃんがお父様、目白先生がお母様なのです」
そう言われてもおかしくない年齢ではある。ロロと行動していると、周囲に親子だと認識されてしまう。おかげで割引サービス等の恩恵に預かれるため、あえて誤解を解いていない。
「私がお母さん、ね……なれるかしら」
熱烈な視線を向けないでいただきたい。そこにいる田舎くさい狸よりも、洗練された狐が釣り合うだろう。
「家族がいなかった私には、過ぎた願いかもしれないけれど、欲しいか欲しくないか選ぶなら、欲しいわ」
「願いはどなたでも、ご自由に持てるものではございませんか?」
「そうね……そうですよね」
なぜ、私に同意を求めるのだろうか。時折、少女に戻る癖でもあるらしい。
「目白先生の捉え方しだいでしょう」
意図的な瞬きを数回して、彼女は「あ」と声を漏らした。
「ポジティブが一番ですよね!」
返事は不要のようだ。ロロが代わりに満面の笑みを浮かべているのだから。
「鶯谷先生の願いは、ジゲン中を調査しながらの旅でしたっけ」
「そうですね」
面隠しできる物が欲しい。今朝の話を覚えていたのか。
「今度の冬休みに、叶えられそうじゃないですか?」
期間中、美術部顧問が適度な躁状態を維持してくだされば、できないわけではない。事始めと称して、早朝に山を登らせ、三時間にわたる激烈な指導の下、初日の出をスケッチさせていた。よくも部員と保護者に訴えられなかったものである。
「行くなら、私の部活の休みに合わせてくださいね! 合唱部ですよ」
知っている。職員室のデスクに、コンクールの写真が貼ってあった。副顧問ながら、精力的に部員のため働いているとも聞く。
「案内は、ロロちゃんにお願いね」
「かしこまりました!」
どちらともなく脇腹をくすぐっては「にゃあ」「きゃっきゃ」など高い声をあげて、じゃれあい始めた。
「親子というよりも、姉妹じゃないか」
二人揃って、首をかしげる。探し回っていた間、急速に距離が縮まったようだ。ロロは穏やかな性格なため、合わない者はまずいない。目白先生は思い込みが激しいけれども、陽気であるから、打ち解けやすい。性格が歪んでいる私と違い、二人は社交性に優れているのだ。
「ロロ、悪いが準備室を掃除してくれないか。木くずだらけなんだ」
「おまかせを!」
私が扉へ手を伸ばそうとしたら、デニム地のエプロンがかかった丸い腹が出迎えてくれた。
「うーい、おかえり。おん?」
田端先生は、私と目白先生を交互に見て、鼻の穴を広げた。
「学内デートか! なかなかやるな」
今すぐ、つっかけで露出している爪先を踏んでよろしいか。
「甘ずっぱいひとときを共にさせていただきましたよ」
ロロ、やめなさい。私と目白先生の腕を組んで、近づけさせるのではない。
「おー、ロロちゃんがキューピッドやな。ようやった!」
田端先生がロロのおかっぱ頭をオーバーに撫でる。
「そんな、田端先生、気が早いです……きゃ」
目白先生、カーディガンの袖を擦り合わせて、何を考えているのか。私に関する妄想をされることは、ハラスメントにあたるのだろうか。
「いっぱい遊んでき! 画材みんな使い放題や! 目白先生もどうや」
「ちょっとだけ、お邪魔します」
世話焼きじいさんに早々と二人を預け、私は出席簿と教材を取りに職員室へ向かった。




