進軍のヴォカリーズ(20)
シルエットで、すぐに鶯谷先生だと分かる。竹のような背高のっぽさんで、サスペンダーがお似合いなの。それから、落ち着いているけれど、切なさを帯びたまなざしが、つい引き込まれてしまう。
「ここに、いたんだね」
ピアノがまた、アヴェ・マリアを奏でた。
「校舎を走り回っていたら、これが聞こえたんだ。ロロが来ているんじゃないかとね」
勘ではないわ。鶯谷先生は、ロロちゃんのことを知っているから、推理したのよ。
「坊ちゃん、先ほどは……」
「いや、私が厳しく言い過ぎたんだ。ごめん」
ロロちゃんが困った顔で、私の方へ振り返る。遠慮はいらないわ、伝えてみて。
「次こそは、試験に合格します。ですから……」
演奏が止まった。
「わたくしめは、差し上げる痛みと苦しみを引き受けて、戦います!」
ロロちゃん、素晴らしい! 鶯谷先生が、両膝をついてハンカチを差し出したわ。
「折り合いをつけられたんだね」
目元をハンカチで拭いながら、ロロちゃんは明るく返事をした。
「明後日が最後のチャンスなのです。わたくしめだけの、攻撃のマホーを編み出します」
「楽しみにしているよ」
鶯谷先生は本当に、温かい人ね。ロロちゃんのお父さんみたい。目の高さを合わせるために、長い足を曲げているんだもの。池袋先生にも、気を遣っていた。音楽を台無しにしないように、静かに入られたのよ。
「私は六時限目に授業があるんだ。田端先生の所で待っていて」
「美術準備室でございますね。かしこまりました!」
ロロちゃんは巻きすぎたぜんまい仕掛けのお人形みたいに、さっと鶯谷先生の手をつないだ。そして、もう片方の手は私の手に重なった。
「ロロ?」
「わたくしめとしたことが、ホームシックになってしまいました。真坊ちゃん、甘えさせてくださいな」
天使さえお手上げのスマイルが、私達をときめかせた。
「……分かったよ」
まあ、鶯谷先生はロロちゃんにかなわないのね。もし、他の先生方に話したら、皆「信じられない!」と仰るわ。
「わたくしめには、ここまでしかできませんが……今度は、お二人でつなげると、良いですね」
「ちょっと、やだ、ロロちゃんたら!」
悪魔の囁きじゃないの。意外とおしゃまさんね!
「間接手つなぎなんて、キスよりずるいわよ」
「どうしました、目白先生」
「あっ、いえ、なんでもないです!」
鶯谷先生の手は……あったかいのかしら。冷たかったとしても、心に熱が回っている証拠だから、平気よ。骨ばっていて、細長い指をしている。硬い……? 施設以外の男性に触れるって、初めてなのよね。
「行きましょうか」
「ふあっ、は、はい」
私の中に住む、わがままな女の子がつぶやく。
わたしにも、甘えさせて。
いけないの、唇を貸してあげるのは、まだ先よ。




