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進軍のヴォカリーズ(18)

 三大アヴェ・マリアの中で、私はこれが大好きよ。聖母マリア様を讃える言葉が、切なくて、強く祈りを込めているのが、耳だけじゃなくて胸にも響くんだもの。

「本当のことを申しますと、作曲された方につきましては、最近教えてもらったのでございます」

「鶯谷先生?」

 ロロちゃんは、困ったように微笑んだ。

「教皇です。わたくしめの師匠でございます」

「まあ! ジゲンⅡで一番偉い人に!?」

 この国だったら、皇族? 総理大臣? とにかくどちらかの側に控えている人……にあたるのかしらね。ちゃん付けは、馴れ馴れしかった?

「いつもわたくしめに、知恵を授けてくださるのでございます。早くお役に立てるよう、マホーのランクを上げなければならないのです」

 幼い私に再会したようだった。あの時、お世話になった大人達に早く恩返ししたくて、背伸びしていたわ。

「強くなりたいのね」

 ロロちゃんはうなずいた後、両手をぎゅっと組んだ。

「ランクを上げるには、試験に合格しなければならないのでございます。理論はどうにかできるのですが、実技で失格になってしまうのでございます……」

「どんな問題が出るの?」

 私で力になることがあれば。頑張っている人は、応援しないと!

「……真坊ちゃんには、内緒にしていただけますか」

「もちろん」

 親しいからこそ、打ち明けられない悩みがあるわよね。

「ただ今受けております、ランク9の昇任試験より初めて、戦う実技がございます。最後の問題は、試験官を必ず傷つけなければ合格をいただけないのです」

 間奏がだんだん、マリア様へ捧げるむせび泣きに聞こえてくる。

「転ばせる、紙などで指を切らせるのでは、いけないのです。攻撃のマホーをかけるのでございます」

 チョコレートブラウンのスカートを、ロロちゃんはしわになるぐらいにつかんでいた。

「間違っております。マホーは、誰かを傷つけるための力ではございません……!」

 私も、そうあってほしい。だけど、私は教師よ。ロロちゃんが前へ進めるように導いてあげるべきだわ。

「ロロちゃんは、誰かの痛みを想像できるのね。それに、何をされたら嫌なのか、ちゃんと分かっている」

 アヴェ・マリア、ロロちゃんに合った言葉を、お授けください。

「全部のジゲンが、ロロちゃんのような人でいっぱいになってほしい。でもね、まだジゲンは、誰かを傷つけなければ『幸せ』を手に入れられないようにできているの」

 待って、ますます暗くならないで。終わりまで、聞いて。

「マホーのランクを上げるには、試験官を傷つけなければならないのよね。ジゲンⅢの試験は、筆記と面接ぐらいだけど、それでも合格した人の陰に、不合格の人がいる。極端な話だと、飢えをしのぐために、目の前を通る鶏を捕まえて肉にしなければならない。家族がいればなおさら、チャンスを逃せないわよね」

 あなたは、お利口さんよ。伝わってくれると信じている。

「どうしてって、納得いかないよね。傷つけないと強くなれないって、つらいよね。私は、それならいっそ、誰かに与えてしまった痛みごと受け止めて、幸せになれる道を進むわ」

 がんじからめだったロロちゃんの心に、光が差したみたい。曇ったお顔が、晴れかかっているもの。

「簡単にはできないわ。だけど、誰かを傷つけた、夢をつぶしたことを自覚しないで手にした『幸せ』ほど、虚しいものは無いわね。かえって、不幸せよ」

 ロロちゃんが、私の言葉をゆっくり繰り返す。

「わたくしめに、攻撃のマホーができるでしょうか……」

「ロロちゃんが描く『幸せ』の先に、マホーが見えてくるはずよ。ロロちゃんがまず『幸せ』にならないと、周りを『幸せ』にできないわ。皆が傷つかなくても良い世界にしたいんだったら、試験をクリアしましょう」

 ピアノは、泉が湧くような前奏に戻っていた。

「はい!」

 ハリのある透き通ったお返事ね。きっと次は、合格できるわ。

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