開戦のヴォカリーズ(2)
「失礼するぞよ」
数学教諭の目黒先生が、闊歩された。
「外部より来客じゃ」
彼がなぜ、ほくそ笑んでいるかは明確だ。私達が良く知る客だったのである。
「こんにちは、田端のおじさま、真坊ちゃん」
私の幼馴染、ロロが深々と頭を下げた。
「暑い中、お疲れ様。ジュースを出すからね」
「坊ちゃん、お気遣いなく。ほんのご挨拶に伺ったのでございますよ」
遠慮するロロに、目黒先生は呵呵と笑った。
「受付の事務員が小首を傾げておってのう。どの職員の娘か、あるいは孫か、訊いておったのじゃ」
無理も無い、外見が小学生なのだ。私が三十路を過ぎているのに対し、全然歳をとっていない。
「しまった、氷を作っていなかった」
「ほんまか。俺、ぬるいアイスコーヒーは勘弁やでー」
最も氷を消費している準備室の主が、本来、自動製氷機の世話をすべきなのだが。
「わたくしめに、お任せを!」
ロロが、四個のグラスを一箇所に集めた。
「エミタ・タズヲヨ」
呪文を唱えた直後、グラスに水が注がれた。量は不揃いである。
「スレイ・クアイブ」
先程の水が忽ち凍り、どこからも力が加えられていないにも関わらず砕けた。なるほど、多い方が暑がりの田端先生で、少ない方が目黒先生か。細やかな気配りをする。
お察しの通り、ロロはジゲンⅡの住人だ。水を発生させ、クラッシュドアイスを作っていたが、これらはマホーである。呪文を唱え、その内容に当てはまる効果を発揮する、ジゲンⅡ特有の能力だ。
「氷を生み出すマホーでしたら、すみやかにできるのでございますが、ランク9以上でなければ使えません……」
全てのマホーを誰もが扱えるわけではない。十二まである使用許可ランクを上げることにより、使用できるマホーが増え、威力も高まる。
「ロロはランク8だったね」
「はい。実は最近、ランク9の昇格試験を受けたのでございます。ですが、実技で不合格になってしまいました」
「そうか。残念だったね」
努力家のロロが落とされるとは。相当、難しいのだろう。ジゲンⅡのトップが、ランク12だ。8より上は、一層厳しく評価されるのではないか。
「ちなみに、どんな問題だったのかな?」
ジゲン研究者として訊いたのではない。そこまでの無神経さを、私は持ち合わせていないのだ。
「そうでございますね…………」
ロロが口籠っている。拙い質問だったか。
「坊ちゃんにアドバイスをいただきたく思っているのですが、わたくしめのみの力で乗り越えなければなりません。ですので、実技試験の内容は、差し控えさせてくださいませ」
「分かった」
彼女の考えを尊重しよう。次回こそ、吉報が届くことを願う。