進軍のヴォカリーズ(7)
「……もう、いいよ」
振り返ると、壁の一部分がセロファンのようにめくれだした。
「上手に隠れ身のマホーができたね、ロロ」
壁の内より、おかっぱ頭の少女がうつむきながら現れた。
「忍び込んでいたことを、咎めないのでございますか」
「実技の練習をしていたんだろう?」
もちろん、違うのだと知っている。今は、彼女を安心させなくてはならない。
「坊ちゃんは、ますますご立派になってゆかれますね」
ジゲンⅡの住人は、年を取らない。祝福を受けた姿形のまま、役目を終えるまで、在り続けるのだ。ロロの外見は、小学生低中学年ぐらいだが、私とほぼ同時期に生み出されている。彼女は私の変化が見てとれて、感嘆しつつ羨ましく思っているようだ。
「皆様にご挨拶しなければならないはずでございましたが、勇気が出ませんでした……」
「誰にでもあるよ」
私はロロの頭を軽く撫でた。
「坊ちゃんに慰めていただける日が訪れるなんて、夢のようでございます」
さて、そろそろ重荷を下ろしてもらおうか。
「ロロ、私達以外の者に話が聞こえなくするマホーはできるかな」
「お任せください」
ロロは神妙な面持ちで、ランク8の初級マホーを唱えた。
「ハショノイノ・ハネナネ・ノシアナ!」
シャルトルーズイエローの風が、美術準備室の四隅へ吹き渡ってゆく。しだいに元の風景と馴染み、見えない蚊帳が張られたような状態になった。
「わたくしめにしか話せないお悩み事があるのでございますか?」
君はいつでも、自分を後回しにする。長所だが短所でもある。
「目黒先生から聞いたよ。ジゲンⅡが大変なんだってね」
「はい…………」
フリルシャツの両袖をつまんで、ロロは答えた。
「無理に言わなくて大丈夫だ。頷くか首を横に振ってくれるだけで構わない。私の勝手な想像だけれど、教皇の御身に何か起こったのかな?」
丸い瞳が、潤み始めた。当たってしまったか。
「お怪我やご病気よりも、酷い?」
顔を両手で覆って、ロロは再び下を向いた。私は小さな肩を抱いた。
「…………いで、ございます」
背中をさすり、震えを落ち着かせる。
「ゆっくり、もう一度聞かせて」
「……呪い、です。呪いを、かけられたのでございます」
「誰に、かけられたのかな」
屈んで目を合わせようとするも、艶のある前髪で隠されていた。
「白い、針金です……」
儚げな声に、教皇を救いたい意志が潜んでいた。




