進軍のヴォカリーズ(5)
「耳を貸すのじゃ」
包帯で巻かれた手を通じて、飄々としながらも威厳のある声が囁く。
「教皇から密書が届いた。凶変じゃ」
私の首筋に、不快な汗が浮かんだ。
「住人達は?」
「部下とわしの分身に確認させておる。悪い報告は入っておらぬ。安心するが良い」
言外には「もし何かあれば、早急に救助し武を以て止める」が含まれていた。
「渾身のマホーだったのじゃろう、詳細が読み取れぬでのう。じゃが」
ひと呼吸おいて、目黒先生はこう仰った。
「ロロ殿を当分そなたに預けることは、那由多明確に伝わっておった」
光栄だ。責任を持って、彼女を支えよう。
「直に着くじゃろう。若造、ロロ殿の話を聞いてやるのじゃ。口を噤んでおってもな」
「はい」
幼少期からの付き合いだ。彼女の気質なら、充分理解している。
「内緒話はここまでじゃ」
タートルネックに重ねて着たTシャツの「愛別離苦」が、私の目を刺激した。洒落のつもりで選んだのなら、目黒先生は趣味が悪い。
「先程、小娘とすれ違ったが、弾むように歩いておったぞよ。そなたの献身が効いたのかの」
温そうな肘で私を小突くのは、おやめなさい。
「あんたら、まだ乳繰り合ってんのんか?」
田端先生も、誤解を招く表現を止めていただきたい。ジゲンⅠの王に聞かせる言葉ではない。
「かまってほしいのじゃったら、素直に言うぞよ」
「俺はそこらへんのシャイボーイちゃうわ、ボケ」
田端先生が腕を組んでむくれる様子に、目黒先生は肩をすくめた。
「朝の担任会議は、何ぞ? 生徒が他所で狼藉を働いたのかの?」
茂った髭が微かに揺れるほど、田端先生は大きく息を吐いた。
「あんたんとこのぼんぼんへの、おもてなしについてや」
「そうか、ようやく行く気になってくれたのじゃな」
「聞いてへんかったんか?」
目黒先生は左右の袖を擦り合わせた。
「独り立ちしたい年頃ぞよ、わしへ言わずに決断することが増えたのじゃ」
「分かるで。マー坊も勝手に自分の道を切り開いてたわ。つまづきながらやけどな!」
「そこで起こしてやらずに、遠くで見守ってやらねばならぬのじゃ」
「初めて同感したわ!! だっはっは!!」
「闇に惑う親ならではじゃな、ふはははは!!」
実子でなくても、悲喜交々のエピソードを語りたい思いは伝わっている。しかし、教員まで懇談会を開かれては、たまったものではない。




