進軍のヴォカリーズ(4)
「よっ、お疲れさん」
最近、田端先生に癒しを覚えるようになった。生徒が、国民的人気キャラクターをもじったあだ名で呼ぶせいだろうか。なお、情緒が安定している時に限るが。
「例のクリップ、ある分ほぼ全部回収しといたで」
歯を見せる先生に会釈し、淹れてくださったコーヒーを受け取った。
「俺だけやったら、日暮れてまうところやったな!」
「先生方に協力を仰いだんですか」
「ちゃう、ちゃう。留学生らや」
田端先生は、ソーセージより太い人差し指を左右に振った。
「ジゲンⅠの子らは、キビキビ動いてくれて楽ちんさんやったで。俺がなんやかや指示せんでもいけたもんな」
出身ジゲンにて軍事教育を受けてきたのだ、頼もしくないわけがない。統治者が模範となる行動をとっている点も、加えておこう。当校では今や、統治者は教職員に信頼を寄せられている。
「ジゲンⅡも負けてへんぞ。マホーはえらい便利やな。体を磁石にして、ごそっとクリップを集めよったで。チビらは四人で輪になって、どでかい掃除機を出してたわ」
「『季節の小人』はマホーを合わせると、ランク5に上がりますからね」
ロロの友達は、一人ずつだと使用許可ランク3であり、ジゲンⅢの子どもに比べてダイナミックな遊びができる力量だ。団結して二段階上げると、教皇の半分に至る。
「ロロちゃんには敵わへんってあいつら言うてたな。教皇さんの跡継ぎやから、そりゃデキるに決まってるやろ!」
唾を飛ばして笑い、先生はカステラを丸齧りした。奥さんの手作りに対する畏敬の念が欠けているのではないか。
「今日はまだ、ロロちゃん来てへんな。ランクアップの試験で忙しいんかしらん?」
「終わったと聞いていますが」
再試験を行うために教皇の呼び出しを受けた、とは信じ難い。別の、もっと緊急性が高い用事のはずだ。
「いちご味のカステラもあんねんけどなー」
ドアが素早くスライドした。昼休みの美術準備室を訪ねる者は、限られている。箸を忘れた二年三組の生徒か、美術部員か、あるいは……。
「休憩中にすまんのう」
ジゲンⅠのスクエイア、目黒先生が手刀を切って入られた。
「なんや、あんたか。残念法然ちんねんやな、あんたに食わせたるもんはないで」
「もとよりいらぬぞよ。若造」
目黒先生が顎を上げて、私を招き寄せた。




