開戦のヴォカリーズ(1)
面倒だ。猛暑の日に出勤させるものではない。
「緊急会議やと? ほんま校長は何考えてんねん、ボケ!」
同僚の田端先生が、私の分まで憤慨されていた。美術準備室に戻られるやいなや、二十五度の冷房を入れた。
「二十八度なんかぬるすぎるわアホ。節電? エコロジー? 知らんわ! 俺は焼けそうなんやぞ!」
会議室では、大層耐えていらっしゃった。女性陣が堅守するリモコンを、親の仇のごとく睨みつけ、歯軋りするところで留められた。
「各学級に二人ずつ、よそのジゲンの留学生を受け入れろやと!? 俺んとこ既に一人おるんやで? 百歩譲ってもあと一人までや。ごねたら通ったわ!」
「勉強になりました」
昔から交渉がお上手だ。先生とは、私の実家と隣同士であり、家族ぐるみの付き合いである。働き詰めだった母の代わりに、キャッチボール等で遊んでくださった。
「国の偉いさんは、現場をいっこも把握してへんな。『ジゲン間の交流を深め、我が国の発展を促すためにも積極的に留学生を全国全校に招きましょう!』やって。お前らの顔面に、トンボかけて均したろか!」
冷えた室内に、田端節が噴出する。
「マー坊も思わへんか? 補助金やら給付金やら聞こえはええけど、要はムダ金ばらまいてんねん。もっと使わなあかんとこあるやろ。ぼんぼんとおひいさまに、財布は持たせられへんで」
お気持ちは理解できなくもないが、後ろめたさがあった。原因は、私にあるのだから。
「あんたを責めてるんとちゃうで。ジゲンを救ってくれたんやからな」
「私は、任せられた役割を果たしただけですよ」
田端先生はジゲンⅢの住人で唯一、私の正体を知っている。決して他言しないと仰っているのだが、気分が高揚している時にうっかり口を滑らせないか心配である。