開戦のヴォカリーズ(18)
緊急で担任会議が入ったため、ホームルームを代理で行う。今日は、特に騒がしい。スポーツか流行歌、または芸能人のゴシップだろうか。常に口と舌を動かしていないと生命を維持できない人種なのか? 私は冷めた目をして、黒板を叩いた。
「雑談は休み時間にしなさい」
舌打ちと口答えはBGMとして聞き流し、連絡事項を伝える。
「福崎さん、よそ見をするんじゃないぞ」
後方の出入り口そばに座っていた女子生徒は、今にでも泣きそうだった。
「先生の話とか、どうでもいいですっ」
「進路指導のガイダンスは、自分に無関係だと言いたいのか」
福崎さんの席まで早歩きすると、彼女と親しい生徒が二人立ち塞がった。
「この子は、かなりヤバい状況なんです」
「進路はその時になったら、どーにかするけど、これはウチらが助けたくてもムリだから」
面皮が厚くて、呆れる。
「理由がどうであろうと、人の話をまともに聞けないようでは、どこに行っても伸びないな」
睨みつけてくるも、さして迫力は無かった。所詮は親の真似、その親に関しても、不良のなり損ないだった。
「罰を受けるって、私、フラれちゃうの? いやだ、だったら生きてる意味ない」
恋愛が成就できないだけで、大層だ。しかし、身投げをされては職務に支障が出る。
「誰からの罰なんだ」
泣き伏した福崎さんに代わって、友人達がわざわざ説明してくれた。
「先生、白クリップのおまじない知らないの? あれ、一日でも並べるの忘れたら、クリップから祟られるんだよ」
「ジゲンⅠのすごい暗い所へ連れてかれるとか、魂抜かれるとか、いろいろ噂されていてー」
机を打つ音が、話を中断させる。福崎さんが急に席を立ったのだ。
「私は悪くない! 弟が熱出したから、病院連れて行ってて、めちゃくちゃ待たされたんだもん! お母さんが仕事休んでくれたら、おまじないをちゃんとかけられたんだよ!!」
涙混じりに叫び、福崎さんは教室を飛び出した。
「君達は、一時間目の準備をしていなさい」
早口ではあるが冷静さを崩さぬように指示して、私は後を追った。
「戻れ!」
ロロが付いていれば、と思う自身が、情け無い。運動部経験者であっても、マホーには敵わない。一瞬で対象の動きを静止させられるのだから。
「やだ、やだ、来ないで!!」
過剰に怯えている。私以外のものに対してか? まるで命が懸かっているかのような走り方だ。
「ルールを守れなかった私が、悪かった! 人のせいにしない! だから、やめて!! あっちへいって!!」
エレベーターホールの隅で、福崎さんが蚊または蠅を追い払う仕草をとった。彼女にしか見えない存在がいるのだろうか。まさか、ジゲンゲートの暴走と直接結びついているのか。
悲鳴がホールと階段に響く。高い声だったが、生徒のものではなかった。
「うそ…………目白せん、せ……」
脱力した福崎さんを、白いカーディガンが抱き締めた。
「良かった。何ともなかったのね」
目白先生がバランスを崩して、倒れそうになる。私は咄嗟に両腕を伸ばして、支えた。
「すみません、鶯谷先生。私」
無理に明るく振る舞わないでほしい。私は腹の底が燃えるように熱くて耐えられなかった。ズボンにしまっていたタオルハンカチを取って、目白先生の左手首より下を包んだ。
「病院へ参りましょう」
続々と生徒が廊下へ出る。若くして野次馬か。舌打ちがこらえられなかった。
「教室へ入りなさい。福崎さんも、早く」
福崎さんは「あ」や「う」など発しながら、三組へとUターンしていった。
「なんやなんや、えらいザワザワしてるけど、どないしたんや?」
田端先生が階段を駆け上って来られた。他の担任も、順次到着される。
「白いゼムクリップを直ちに没収と回収、旧社会科準備室前にまとめて置いてくださいますか。私は目白先生を病院へ送ります。詳細は、後ほど電話でお伝えします」
左腕が見えないように目白先生をエレベーターに乗せ、私も同じくし、この場を去った。




