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開戦のヴォカリーズ(17)

 始業三十分前に、私は国語科準備室を訪ねた。

「おはようございます……え! 鶯谷先生!?」

 目白先生が、両手を口の前に重ねて大層驚かれていた。私は、思いがけず対面した憧れの俳優扱いか。

「コーヒー、淹れてきますね!」

「いえ、すぐに済みます。お気遣い無く」

 紙袋を目白先生に渡す。

「昨日は、ロロが世話になりました」

「カーディガン、洗濯してくれたのね。いつでも良かったのに。きゃっ、かわいいラッピング。キャンディですか?」

 目白先生は、半ば透けたレモンイエローの小さな巾着を、私の前で軽く振ってみせた。

「ジゲンⅡで評判のお菓子だそうです。西班国のポルボロンに近いと聞いています」

「粉雪のような口どけのお菓子ですか! 溶けてしまうまでに『ポルボロン』と三回唱えたら、幸せが訪れる言い伝えがあるんですよね」

 お詳しい。私も、専門外の分野に表面だけでも触れる態度を持ちたいものだ。

「ロロちゃん、あの後どうでしたか?」

「しばらく美術準備室で遊んで、ジゲンⅡへ帰りました」

 ロロが些か取り乱していたことは、黙っていた。教皇に呼ばれたそうだが、ジゲンⅡの中枢機関である大聖堂に、トラブルが生じたのだろうか。

「私も一度は行ってみたいな。芸術が盛んな世界なんですよね?」

「文献等によれば、そう記されていますね」

「意外です。先生は、もう現地を歩かれたのかと思っていました。やっと四つのジゲンを巡れるようになったのに」

 目白先生は、手を扉に見立てて開閉を繰り返した。

「もし、現地で調査されるなら、私もついて行って構いませんか?」

 静けさに戸惑ったのか、先生は顔の前にバインダーを立てて構えた。

「違います、ランデブーじゃないですよ。私は、鶯谷先生の研究を手助けできたらな、って」

 偽りではなさそうだ。私は短く息を吐いた。

「検討しましょう」

 早く退出しよう。温情をかけねばならない段階に進んでしまわないうちに。

「ロロちゃんに、私の所へもおいでね、と伝えていただけませんか」

 私の背中に、明るい声がかかる。無反応はさすがに失礼だ。右手を挙げて「了解」の意を示した。

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