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開戦のヴォカリーズ(16)

「ロロちゃんは、長く鶯谷先生といたのよね?」

 新校舎一階ロビーにて、目白先生が自販機にコインを入れつつ訊ねた。

「昔の鶯谷先生って、どんな人だった?」

 ほうじ茶の小さなペットボトルをもらい、ロロは縮こまった。

「よろしいのでございますか……」

「遠慮しないでね」

 目白先生も同じ物を買っていた。

「さっきのは、無理に答えなくていいのよ。聞かなかったことにしてね」

 先生が、パフスリーブをつまんで恥じらっている。ロロは、質問を無視しないわけにはいかなくなった。

「とても思いやりのあるお方です!」

 カーディガンとお茶をいただいたから、というよりも、先生が坊ちゃんにただならぬ気持ちを抱いてそうなので、応援したくなったのである。

「絵の外に出られなかったわたくしめ達でもできる遊びをしてくださりました。おままごと、七並べ、坊ちゃんが作られたすごろく……。お外で走り回りたいお年頃でしたのに、わたくしめ達に心を配ってくださいました。おやつの時間にも呼んでくださったのでございます」

「そうなんだ。今も根っこがぶれていないと思う」

 坊ちゃんを褒めてもらって、ロロの熱が高まった。

「お好きな物事を、とことん究めたい性格も変わっておりません。踏切がどのような作りになっているのか、予想図を描くのに夢中でございました! 段ボールで器用にそっくりな物を立てられていましたよ」

 目白先生は、頬をいちごのように赤くして懸命に話すロロが、かわいくてしかたがなかった。

「ジゲンの研究をされている先生、朝焼けに輝く海のようで、素敵なの。論文を出されたら、きっと世界は先生の努力に波打つ!」

「わたくしめも、坊ちゃんは、学校の先生・ジゲンの研究者ともに頂点へ立てると信じております」

「ほとんどの人は、鶯谷先生を誤解しているのよ。私、マイクかメガホンを手にして、先生の良い所を伝えたいな」

 目白先生はお茶を飲み干すと、ロロの空いたボトルと一緒にごみ箱へ捨てた。

「最後にこれだけ訊かせて。鶯谷先生は、同じジゲンの子となじめていたの?」

 ロロは、フリルの付いた袖口を左右とも握りしめ、おかっぱ頭を斜め下へ傾けた。

「年の近い方々とのお話は、全然伺っておりません……。公園や幼稚園では、いつもおひとりでいらしていたと、坊ちゃんのお母様が悩まれていました」

「そうなの…………」

 先生は目を伏せてすぐ、決意に燃えた顔つきに切り替えた。

「ロロちゃん、鶯谷先生についていろいろ教えてくれて、ありがとう。私、頑張るね!」

「陰ながらお祈りしております」

 後は一人で、とロロは角が立たないように断った。自分のために、貴い時間を割かせたのだから。

「気をつけてね」

 大きく手を振って、目白先生はロロと反対方向を歩いていった。

「さあ、坊ちゃんの元へ急ぎましょう」

 美術準備室に最も近い階段を上り始めて、ロロは息を呑んだ。

「坊ちゃんを恋慕われているお方が、もう一名様いらっしゃいました……!」

 孤高の蒼い薔薇が、ロロの心に咲く。

「お二人の想いは、どちらもお美しいです」

 坊ちゃんの隣にいられるのは、一人だけ。ロロは、恋の厳しさを理解していた。

「真坊ちゃんは、お幸せな方でございます。ジゲンの研究も大事ですが、つながりにもときどきは意識していただかなければ!」

 ふと左腕を見ると、白いカーディガンがかかっていた。

「わたくしめとしたことが、うっかりしておりました」

 目白先生はどちらへ? 探知のマホーを唱えようとしたら、黄色い小鳥がロロの肩に留まった。

「大聖堂の伝書役(でんしょやく)様でございますか」

 翼を揺すって、書簡を取り出しやすくした。ロロは踊り場の隅にて本文を黙読した。

「そんな…………」

 カーディガンが、彼女の足元へ静かに落ちたのだった。

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