開戦のヴォカリーズ(12)
一条の光も差さない暗闇に、夥しい数の声がする。
「静まり給え」
短い号令が、無秩序な言葉の群れを消し去った。
「誇り高き兵よ、聞き給え」
昂りを抑えつつ、兵隊は長の次なる命を待つ。黒漫漫であるが、締まりの無い体勢をとっていた者はいなかった。この国……ジゲンⅠに、腰抜けは存在しないのだから。
「雌伏千百十一年、某と共に刃を研ぎ給ひし事、礼を申す」
感謝とは畏れ多い、という風に兵隊は直角に腰を曲げた。ジゲンⅠの住人は、特殊な視覚を有している。灯を要しなくとも周囲が見えるのだった。
「地獄は終わりて候、ジゲンゲートは間もなく開かれる。これより全てのジゲンに攻め入り、約束を果たすための第一歩を踏まん!」
大地に兵隊の足踏みが轟く。
「我々の理想を今こそ現実に!」
「ジゲンⅢの犬と成り下がった王を、処刑する!」
「隊長を玉座に!」
同志に応え、長が腰に帯びた剣を、純黒の天空に掲げる。
「ジゲンゲートは新たな場所に移して候、スクエイアなぞ、恐るるに足らず!!」
兵隊も刀を抜き、鬨を作った。
「甲の部隊は、ジゲンⅡの間者と合流し、次なる作戦に移り給え。乙の部隊は、ジゲンⅣの最深部に爆弾を設置し、起動し給え。丙の部隊は、某と共にジゲンⅢの島国、本朝の泰盤府四輪市にて待機し給え」
命じた後、長は剣先を地に刺した。
「皆で無垢なる朝を拝まん!!」
ジゲンⅠの最果てが鳴動していることに、王族と民は気づかず眠っていた。




