開戦のヴォカリーズ(10)
情報が広まるスピードには時折、感服する。校内の随所に白い針金が散らばっていた。
「オカルトを信じやすい年頃だからか……」
授業を終え、職員室に戻るついでに元ゼムクリップを拾い集め、処分する。生徒達は、私を気にも留めずに廊下で騒ぎ、駆け回る。
「ねえ、ねえ、あんたは今、何日目!?」
「えー、それって言っちゃリセットされるんじゃないの?」
「先輩に聞いたやつは、そこまでルール厳しくなかったよ。ちなみに、私は七日目。土日の部活終わりに仕込んできましたー」
「例のおまじないって、マジで効果あんのかよ?」
「俺の姉貴、ジゲンⅠのヤツと友達なんだけど、めっちゃ効くらしい」
「じゃあさ、彼氏有りのマネージャーとも、チャンスあるわけ!? 諦めきれないガチ恋なんですけどー」
愚の骨頂だ。学業を疎かにしている者に、恋愛が成就するものか。新たに見つかったおまじないの道具を、忌々しく掴んだ。
四、五人の男子生徒が、端へ寄らずに笑い転げたり、蹴りで親しみの意を表している。他者の迷惑を顧みない、唾棄すべき輩である。
「そこそこカワイイ娘と付き合って、結婚してー、俺はサッカープロ入りして、ガッポリ稼いでー、ギャハハ、勝ち組な人生じゃね?」
つるんでいる者は、適当に相槌を打っていた。友情の欠片も無い。いずれは騙し、貶め合う腐敗した関係となるだろう。四輪市に生まれ育った子の99.9999……%は、悲惨な末路を辿る。
「西成くん」
私は、勝ち組の人生を語っていた生徒の名を呼んだ。
「君は将来の夢を叶えるために、どのような進路があるか、何を学ぶべきか、必要な資格があるか、把握しているのか」
西成くんは露骨に嫌な態度を顔に表した。
「何気なくなりたいもの話したらダメだとかいう法律でも、あるんですかー?」
規則・法律・憲法、あるいは地球の回転数を使えば、反論できると思い込んでいる。クレーマーの幼虫だ。
「言葉には、責任が付き纏う。大人、子どもだろうと関係無い。会話の内容は自由だが、実現しなければ嘘になる。嘘を重ねれば、周りの信用を失い、結果として君が苦しむ」
「だから?」
「適当に夢を見て、リサーチ不足で挫折するか、必死に努力して叶えたとしても、理想との差に耐えきれず逃げ出すか。本当にサッカー選手を目指しているのなら、安易に『稼げる』、『勝ち組』など口にしない方が賢明だ。収入が不安定な男に、ついて行きたい未来の嫁はいないな」
西成くんが詰襟を脱ぎ捨てる。
「調子乗んな!!」
「まっ、待って!」
目白先生が、西成くんの前を塞いだ。
「どいてくれる、目白ちゃん」
「先生です。お友達感覚で呼ぶのは、やめましょうね」
生徒に聢と目を合わせて、先生はゆっくり諭した。
「鶯谷先生は、西成くんを心配しているの。厳しく聞こえたかもしれないけど、誤解しないで」
西成くんの興奮が、明らかに冷めた。柔らかい言い方ができかねる私には、到底、成し得ない。
「夢を持つことは、素敵よ。私、西成くんがワールドカップに出る日を楽しみにしてる!」
男子生徒達は、黙って各々の教室へ引き上げていった。
「ウザ」
捨て台詞を忘れずに、であったが。




