衝動的略奪宣言の行方
前作をたくさんの方々にお読みいただきました。ありがとうございます。
蛇足となりそうですが、子ども世代のお話です。
「来週、婚約者候補との顔合わせが決まりましたので、こういったお茶会は本日が最後となります。」
リディアーナ・ウィルシュ公爵令嬢が静かに告げた。
「……………は?」
告げた相手はこの国の王太子の第一子であるクロウディオ・キャティル。
二人は幼少期から共に学んだ幼馴染みの間柄だ。
ウィルシュ女公爵とその夫は王太子の側近であり、王太子の息子であるクロウディオの教育係も担っている。歳の近い子どもと切磋琢磨することも良いだろうとウィルシュ女公爵の子である双子の姉弟、リディアーナとエドアルドと共に教育を受けてきた。
実際、クロウディオは負けず嫌いで、ウィルシュ姉弟に負けじと熱心に教育の習熟に励んだ。
その甲斐あってか優秀な王子と認めてもらっている。現在は十四歳になり、そろそろ婚約者を決める時期でもある。
そう、クロウディオ自身がそうなのだから、同い年のウィルシュ姉弟もそんな時期なのである。
だが、クロウディオはリディアーナの口からそんな言葉が出てくるとは予想だにしていなかったため、目も口も開いたまま、しばらく固まっていた。
「婚約者が出来れば幼馴染みとはいえ、このように異性が席を同じくすることは出来ませんから。」
淡々と言葉を続けるリディアーナにやっと我に返ったクロウディオが言葉を返す。
「いや、それはわかっている。………そうじゃなくて………どういうことだ?リディアーナに………婚約者候補………?」
「あら。私に婚約者候補がいては可笑しいですか?」
胡乱な目を向けられ、自分の言葉の意図が伝わっていないことに焦りながらクロウディオは言葉を探す。
「そういうことじゃなくて………だって……ずっと俺と二人でお茶会をしていただろう?」
「そうですね。エドアルドが領地に戻ってからは。」
それまでは、三人でお茶会と言う名のウィルシュ女公爵にしごかれるクロウディオのぼやきを聞く会をしていた。
しかし、リディアーナの弟のエドアルドは、辣腕の母のような手腕は自分にはないと早々に公爵家当主の仕事を覚えることに専念するため領地へと旅立った。それからは、クロウディオのぼやきを聞く係はリディアーナだけだ。
クロウディオとリディアーナが二人で茶会をしていることをあのウィルシュ女公爵が黙認している。つまりは、そういうことだ、とクロウディオは思っていたのだ。
「あ…相手は誰なんだ?」
詰め寄るクロウディオにリディアーナは澄まして答える。
「さぁ…?まだ確認しておりません。………ただ、母が決めたならば、それは政略的に旨味のあるお相手なのだとは思いますわ。」
公爵の仕事も国政に関わることも手を抜かず涼しい顔で辣腕を振るう女公爵の判断だ。それはそうだろう。
クロウディオは必死に考える。
認めてもらうためにここまで必死に食らい付いて来たのだ。それなのに、ここで梯子を外されるなどたまったものではない。
「俺は、このままいけば次期王太子だ。」
「存じ上げております。」
脈絡のないクロウディオの発言にも穏やかに頷くリディアーナ。
「ウィルシュ女公爵のお陰で優秀だと期待してもらっている。これからもその期待に応えていくつもりだ。」
クロウディオは乾く口をお茶で潤し言葉を続ける。
「その期待に応えるために、生涯の伴侶には共に支え合っていける者が良いと考える。」
クロウディオは居住まいを正し、真っ直ぐにリディアーナを見据える。
「俺は、リディアーナが良い。」
それを受けたリディアーナは淡々と返す。
「私以外にも優秀な者はいくらでも居りますわ。」
その言葉にクロウディオは一瞬表情を強張らせるが尚も言い募る。
「ちっ…父上はっ………俺の父上はウィルシュ夫妻の言うように、確かにボンクラで王たる器ではない!でも!それでもっ………あの虚栄心の強い母上を変わらず愛し続けるあの愛の深さは………すごいと思う。」
クロウディオの父は王族としては足りないことばかりでウィルシュ女公爵夫妻の助力で王太子という地位を保っている状態。傀儡王太子と貴族達からも軽んじられている。本人もそれに気付いているのか、虚栄心の強い王太子妃を褒めそやし宥めながらこれ以上の敵を作らないようにしている。
「ウィルシュ夫妻だってお互いを慈しみ支え合っている。俺も自分の伴侶とそうやって支え合っていける仲でありたいし、父上のように伴侶を愛し続けたい。」
クロウディオの周りの大人達は良くも悪くも一途な者が多かった。そんな大人達に囲まれて育ってきたクロウディオにとってそれは尊敬すべきことであり憧れでもある。
「俺はずっとリディアーナが好きだ。リディアーナを妃にしたいならば足りない王子ではいけない。父上が王になる前に押し退けて優秀な王太子となるくらいの気概がなければ認められないとウィルシュ夫妻に言われた。だから、必死で食らい付いてきた。他の女なんかいらない。」
鬼のようなしごきに耐えたのは、偏にリディアーナを自分の妃にするため。惚れた相手を守るためには力が必要だからだ。守れもしないのに責任だけが重い王族に引き入れたとて、不幸にしてしまう。それは本意ではない。
クロウディオは席を立ち、リディアーナの側で跪くと手を差し出す。
「リディアーナ・ウィルシュ公爵令嬢。我が妃となっていただきたい。」
真っ直ぐにリディアーナを見つめて、そう告げた。
「……………あ………でも、リディアーナが嫌ならどうしようもないけど………」
ふと我に返ったようにそう付け足すクロウディオ。
「そこで弱気になってしまうの…?」
ふっと微笑みながら言葉をこぼすリディアーナ。その笑みに見惚れてクロウディオの頬が染まる。
にっこりと笑いながらリディアーナは続ける。
「私ね、好きな方からの求婚が夢だったの。」
その言葉にクロウディオが息を呑む。
リディアーナはクロウディオの手にそっと自身の手を重ねる。
「私、クロウディオが好きよ。」
ずっと努力する姿を見てきた。自分の父母を蔑まれ、自身もいつ切り捨てられるかわからない緊張の中、クロウディオは腐ることなく研鑽に励んできたのだ。リディアーナの父母を恨んでも不思議はないのに尊敬していると言ってのけるのはクロウディオの強さだろう。
そんなクロウディオがリディアーナの前でだけ弱さを見せてくれることが嬉しかった。クロウディオを支えるために自身も研鑽に励まなければならないと思った。誰よりも側で支えられるように。
クロウディオの繋ぐ手に力が籠る。
しかし、リディアーナはそっと目を伏せて続けた。
「………ですが、顔合わせはしないといけません。決まっていることですから。」
その言葉にクロウディオは立ち上がる。
「たかが候補だろう!そんな奴にお前は渡さない!絶対に!」
そう宣言するとクロウディオはリディアーナをその場に残し去っていった。ウィルシュ女公爵に直談判するために。
そこで、ウィルシュ女公爵に言われる。それならば、顔合わせに来て相手に諦めるよう言えば良い、と。
件のリディアーナの婚約者候補がクロウディオ自身であると判明するまで、あと数日。
結果、クロウディオへのドッキリ企画でした。
素直なクロウディオ君はウィルシュ家の面々におちょくられまくりですが、愛されています。
息子にもボンクラ呼ばわりされる王太子殿下ですが、息子への愛も強いので、自分の立ち位置を理解した現在は息子の邪魔にはならないよう愛する妻と離宮に隠ることをすんなりと了承し、下手をして消されないように妻を説得すると思われます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。