第六十一限 黒藍の吸血鬼、その21
「なに!? 偽りの空!?」
ネイチャーさんが声を荒げる。
この場には、キョート以外の全員が居た。
「だとすると……どう対処しようか……」
「それと、キョートさんからネイチャーさんに伝言です!」
「ん? なんだ……?」
「『派手に暴れろ』とのことです!」
その言葉を聞いたネイチャーさんは、少し頬を緩め、ニヤリと笑う。
「っハハ……そうか……暴れ足りなかったんだよなぁ……やっぱ……」
ネイチャーさんが弓を握りしめて言う。
「あの空は、俺がなんとかする。要は晴らせば良いわけだ……!」
それに同調するかのようにファイアさんが言う。
「そういうことなら、私も協力するよ」
「おいおい、また変なことするんじゃねぇだろうな?」
「なわけないじゃんw たださ、やられっぱなしも癪なんだよね……あの吸血鬼に……だから一発ドカンとお見舞いしたくってさ……」
「そういうことか……良いぜ」
話の結論としては、あの空をネイチャーさんとファイアさんがなんとかすることにし、残りの私たちは、儀式の続行とキョートのサポートへと回ることになった。
「あの吸血鬼、体力の消耗が激しいです……! ですが……少しずつ回復していきます……!」
まずいね……全回復されると振り出しに戻るだけじゃない……私たちは疲弊し切っているってのに……
「みんな! あの吸血鬼を全回復させないよう、キョートを全力でサポートするよ!」
「「はい!!」」
「わかったでしゅ!!」
よし……行くか……!
◇◇◇
皆が戦場に赴いている間、ネイチャーは一人考えていた。
(俺はこの戦いで何をした……? キョートやファイアワークスのように前に出て奮闘したわけじゃない……ミライって奴のように策を張り巡らせたわけでもない……アグリって奴のように情報を抜き出して盾に徹したわけでもない……)
そんな時、キョートからの伝言……
『派手に暴れろ』……
これは二人の中で、ある種の掛け声のようなものであった。
「つまり……何しても良いってことだよなぁ……キョート……」
ネイチャーは自分が何をするべきか、この一瞬で理解した。
「俺はプロゲーマー……寧……俺の今の役目は……味方の有利なフィールドを構築する……たったそれだけだ……!!」
たったそれだけ……それだけの要素が、ネイチャーを突き動かす。
インベントリを開く。そして、とあるアイテムを取り出す。
「懇切丁寧に持っていたんだ……ここしかねぇだろ……使うのは……!」
その手に持っていた"宝玉"を割る。
「さぁ来いよ……俺にとって最も有利な効果……!!」
1回目…… MST
2回目…… AGL
3回目……何が来る……
その画面には、3文字映し出されていた。
「STR……!! 来たぜ……!」
ネイチャーは走り出す。
「行くぜ……〈ハイジャンプ〉!!」
ネイチャーはどんどんと屋根へと伝い、遂に学校で一番高いところまで登り切っていた。
だが、まだ足りない……どうすれば……
「高さが足りない? なら、私が土台になってあげる……!!」
少し下で聴き慣れた声が聞こえた。
「どうするんだ? ファイアワークス」
「まかせてよ…… 〈蔦い縄〉!」
そう言うと、ファイアワークスは蔓で砲台のようなものを形成する。
そんなファイアワークスに、ネイチャーが言う。
「おいおい……これ……」
「そう、打ち上げ台だよ? 今の君にピッタリ!」
「くそ……なんだこいつ……まあいい! ちょうどよかった……時間も惜しいからすぐ行くぞ……!!」
ネイチャーはファイアワークスの作り出した打ち上げ台へと乗り、精神を統一させる。
「それじゃ! 地獄の打ち上げ台! 発砲!!!」
ファイアワークスがそう言うと、砲台の下側に力がかかる。
そして、弾き出されるかのようにネイチャーを打ち上げた。
(集中……集中……集中……!!!)
天高く舞い上がったネイチャー。
誰にも視認できなくなったほど高く上がったその男は、ついに偽りの空へと到達していた。
辺りは暗闇、真上から降り注ぐ月明かりすら偽物であり、その明かりは近づくにつれて黒く変色する。
おそらくあれが偽りの空の核なのだろう……
ネイチャーは直感でそう感じた。
「……行くぜ」
そう言うと、矢を装填する。
その矢はどこか赤く、キョートからは呆れられた目で見られた秘策……
そう、花火矢であった。
「見えないのは好都合……」
弓の弦を引っ張り、その射る向きを真上にして、深呼吸……
(風は無し……真上に直に……晴らせば勝ち……)
雑念を消し、たった一言
「…………〈狙撃〉」
その矢は、真っ直ぐ真上にある月へと向かう。
その月へと花火矢が命中する。
普通であれば、矢一本で壊れるなんてことは起こらない。
だが、この矢は違った。
花火矢が月に触れた瞬間、瞬く間に爆発し、大爆音と色とりどりの光が空へと映し出される。
「起こしてやるよ!! この街を!!」
更に続け様に花火矢を放つ。
その騒音は、街の住民をもれなく起こしてしまうような大きさだ。
もちろん、真下にいるキョート達にも聞こえているだろう。
「たーまや〜……ってか?」
壊れた月を境に、花火により夜は掻き消される。
掻き消された隙間からは、朝の日差しが見え始めた。
偽りの空を完全に消せば、そこには日の出が過ぎ、燦々と降り注ぐ太陽の光が顔を出した。
「来たぜ……任務完了だ……!」
ネイチャーは、そのまま落下運動を始める。
「あ、この後どうするか考えてなかったぁぁぁぁあ!!!!」
◇◇◇
大爆音が響き渡る。
そして、衝撃が伝播する。
その震源は、俺たちの頭上……天高いところからであった。
「ネイチャー……やりやがったか……!!」
俺は奴がしたと確信した。
見たわけではない。ただ、それでも俺は確信していた。
太陽の光が燦々と降り注ぐ。
吸血鬼は、見るからに苦しそうな表情で、俺たち……いや、俺を見つめる……
「憂鬱ですねぇ……だから嫌いなんですよ……人間というのが……私に仇なすお前らが……!!」
吸血鬼は憂鬱な顔で声を発する。
そして、少し様子が変化した。
「憂鬱ですねぇ……非常に憂鬱です……その憂鬱さ……主様すら手にかけてしまいそうです……」
吸血鬼の背後、ちょうど俺の真反対の位置に、ミライとアルスが来ていた。
(あの儀式には続きがある……火はつけた……後はこの紙とナイフで……!)
ミライが紙を取り出す。
それに気づいた吸血鬼が、焦った様子でミライの方へと向かう。
「させません……!! 【シャインエッジ】!!」
「行くでしゅ……!! 〈怒棍〉」
すかさずアルスとレイの二人が技を放つ。
吸血鬼は、それを真正面から受けながら、更に接近する。
「憂鬱ですねぇ……! 【ブラインドネス】!!」
「きゃっ……!」
「でしゅ!?」
アルスとレイが視界を潰された。
俺もすかさず向かうが時すでに遅し……
吸血鬼はミライの身体を貫き、ナイフを遠くへと飛ばす。
「……いてて」
ミライはすっと起き上がる。
あの特徴的なエフェクトを見るに、祈符を使ったのだろう。
そして、手には紙を持っていなかった。
「大丈夫! キョート……存分にやっちゃいなよ……」
あの表情……してやったりな顔だ……
あいつ……わざと受けに行ったのかよ……勇気あるねぇ……
さて……後は存分に……か……
「おい……黒藍の吸血鬼……シフィリス・トガム」
その言葉に、吸血鬼が振り向く。
先程まで斬り合っていた奴の言葉だ。耳を傾けたくなるのも当然だろう。
「俺の剣と、お前の魔法……どっちが強いか勝負しようぜ?」
「…………実に憂鬱です……ですが……いいでしょう……完膚なきまでに叩きのめし、あなたを憂鬱という名の絶望を教えて差し上げましょう……!!!」
これで終わらせる……
「さぁ……シフィリス・トガム……最後の授業と行こうじゃねぇか……!」
俺のウィンドウにメッセージが表示される。
〈『戦月兎』武器の隠し効果が解放されました。〉




