第五十四限 黒藍の吸血鬼、その14
融合の儀……?
なんだそれは……
考えられることとすれば、ネストと吸血鬼の融合……的なやつか……?
「なんだかやばそうじゃん……そんな儀式なんてさせねぇよ……!」
ネイチャーが矢を射る。
その狙いは正確に吸血鬼へと向かっていた。
「憂鬱ですねぇ……ですが……全て無意味です……」
ネイチャーの放った矢は、徐々に速度を落とす。
そして、その速度が0になると、完全に停止してしまう。吸血鬼に当たるよりも前に宙に留まる。
「んなっ……!?」
「でしゅ!?」
「どういうことですか……!?」
レイ、そして、アルスを受け止めていたアグリさんも驚いている様子だ。
無論、ここにいる他の奴らが驚いていないわけではない。
口に出さない者は、その現象について考えを巡らせていた。
(矢が止まる……? 止めたのか……? いや、今の今まで、一度もそんな技を使っていない……ということは……)
考えた者は、往々にして同じ結論へと辿り着く。
これは……確定イベントであり、干渉不可のムービーイベントだ……と。
「さぁ……私に新たな肉体を……闇魔法に順応した若き肉体を……!!」
奴の周りに青い闇の柱が建つ。
その数は六本、円を描くように建っていた。
その闇は、吸血鬼とネスト、2人を飲み込む。
それは、黒い繭のように球体になり……やがて闇が晴れる。
闇が晴れた先には、ネストが立っていた。
「あぁ……とても憂鬱ですねぇ……身体を乗り換えるのは……」
そこに居た意思はネストではなかった。
それは紛れもなく吸血鬼、シフィリス・トガムであった。
〈真罪化 『青の吸血鬼』シフィリス・トガムは、『黒藍の吸血鬼』シフィリス・トガムへと真罪化しました。〉
プレイヤーしか聞こえないシステムボイスが鳴り響く。
それは、この状況が絶望的なことを暗示していた。
「おいおい……まじかよ……まだあるってのかよ……」
「まだ決定打とか与えてないのに強化するの……? わかってないねぇお約束ってやつを……」
「まずいです……MPとHPが全回復しています……!」
「振り出しに戻ったってことか……? まじでやばいな……これは……」
ユニークモンスターってこんなことしてくんのかよ……まじで……ただの鬼畜じゃねぇか!
くっそ……こんなこと言っても仕方がない……何か策を立てないとな……
先ほどのムービーイベント中に、再起の祈符の効果は切れた。
HPもほとんど全回復したし……前に出ることはできる。
ただ、どう戦う……か……
「憂鬱ですねぇ……さっきまで対等だと思っていた相手が、急に強くなって本気を出してきたんですから」
相変わらずの独り言か……あの言葉も何かを示してるのか……?
この状況、俺が前に出るしかないようだ……
考えが一緒だったのか、俺以外にレイ、ファイアワークスが前へと出る。
「あれ、キョートくん、怖くて逃げたんじゃないの?」
「んなわけあるか! 少しダウンしてただけだ!」
「いやぁ、それならよかった。前衛が一人いなくなって困ってたんだよねぇ〜?」
「見とけ、俺がさっきの穴を埋めるほどの活躍をしているところをな!」
そう言い合っていると、前から黒い球が近づいてくる。
その球の速度が遅かったため、俺とファイアワークスは難なく避けることに成功した。
「おや……おしゃべりは終わりですか?」
「おやおや不意打ちだなんて、そんなことするかい? 普通」
「そっちがその気なら容赦はしない……まあ、元から容赦なんてかけないがな!!」
俺は『二丁剣 雷電』を再装備し、構えをとる。
ファイアワークスは槍を持ち構え、レイは棍棒を持ち構える。
奴の攻撃がどう変わったのか……
先に動いたのはファイアワークスであった。
「今度はこっちから行かせてもらうよ!! 〈蔓の鞭〉!」
無数の蔓を再度展開する。
まるで後衛組と前衛組を分けるかのように蔓を敷く。
その蔓は、地にも張り巡らされており、吸血鬼の翼に再度侵食していく。
「さらに……とっておき! 〈茎命撃〉!」
ファイアワークスの槍が赤色に光る。
その槍が吸血鬼へと投げられる。
その軌道はまるで弧を描くかのように、吸血鬼の急所へと吸い込まれるかのように投げられる。
赤い流星が吸血鬼へと向かう。
しかし、
「おや……憂鬱ですねぇ……せっかくの新品をさっそく傷物にしようとは……」
その攻撃は当たったものの、急所へと至ることはなかった。
「チッ……的が外れた……」
「おや、遅いですねぇ……」
「なっ……!?」
急所を外されたとはいえ、ダメージは入っていたはずの吸血鬼は、ファイアワークスの懐へと急接近していた。
「【シャドウボール】」
そう呟くと、奴の手の中に藍黒い球体が出現する。
その球体は、ファイアワークスへと激突すると、猛スピードでダメージを与える。
「まっずい……!! くっ……うわっ……!!」
ファイアワークスはそのまま吹き飛ばされてしまう。
「ファイアワークス!!」
チッ……ここで感情的になって死ぬのはゴメンだ……どうにかして動きを読むしかない……!
「大丈夫! ただ……一枚祈符が破れた。一応私レベルカンストなんだけどね……!」
祈符のおかげで一応生きてはいるようだが、俺たちが吸血鬼を見切って生きれる保証ではない……どうにかして動きを読まないとな……
いや、待てよ……? 動きを読む……? 違うな……
「レイ、結構動けるようなスキルとかあるか?」
「でしゅ!? あるにはあるでしゅけど……」
「あるのか! なら、それをしてくれ! 俺もそれに合わせる!」
「でしゅ!? でも、このスキルはそんなに長い間使えないでしゅよ……?」
「それでいい! 一瞬でも隙が作れるならそれでいい! 頼む!」
「……わかったでしゅ!」
よし! レイに協力は取り付けた……
これが決まれば俺たちが有利になる可能性もゼロではない……
「よしレイ、合わせて行くぞ!!」
「はいでしゅ!! 〈怒棍・業炉無〉」
レイが炎のように燃え上がる。
その光に、吸血鬼が少し怯んだように見えた。
「でしゅ!」
レイが渾身の一撃を放つ。
その一撃は、当たりはしなかったものの、地面が大きく抉れる。
「おやおや……憂鬱ですねぇ……これはこれは痛そうです」
まじかよレイ……あんな技があんのかよ……
「負けてられねぇなぁ……本気で行くぜ……! 〈起動〉」
俺は雷を纏い、速さを極限まで上げる……
「スタミナの関係で、この状態は10分しかもたねぇからな……全力でぶっ飛ばして行くぜ!!」
俺は吸血鬼の背後へと回る。
その速さは、誰にも捉えれなかった。
「ガンガン行くぜ!!」
吸血鬼の背後を斬りつけようとする。
吸血鬼は回避を試みたが、完璧に避けるには至らなかった。
「……憂鬱ですねぇ……ですが、そんなのは効きませんよ……」
吸血鬼はすぐさま回復する。
なら、回復してもしきれなくなるまで殴るだけだ……!!
「キョートさん……めちゃくちゃ速いです……!」
「あいつ……なんであんな速さ高めようとしてんの……?」
何が聞こえた気がしたが気にしない……
俺は吸血鬼の後ろを取り続けながら斬り続ける。
しかし、その攻撃は悉く回復され、致命的な一撃を加えるには至らなかった。
「チッ……このままだとキツいな……」
俺はとある場所に誘導しながら攻撃を加え続ける。
「憂鬱ですねぇ……意味がないと言うのに……」
意味がない……? 違うな……意味を今から作るんだよ!!
「ここだ……レイ!!」
「でしゅ!! 喰らうでしゅぅぅぅう!!」
打撃の一撃が吸血鬼へと当たる。
「なに……!?」
吸血鬼はとっさに受け身を取ったが、その威力を抑えるには至らなかった。
「……憂鬱ですねぇ……まさか私を誘導するとは……」
「気づくのが遅いな! まだまだ行くぜ……! 〈兎斬〉」
斬撃が吸血鬼の足元へ向かって放たれる。
「おや……憂鬱ですねぇ……そんな甘い攻撃が来るとは……」
斬撃は避けられたが、俺の狙いはそれではない。
「何が甘い攻撃だって……?」
俺は吸血鬼へと接近し、更なる一撃を加えようとする。
「そろそろ来いよ……麻痺効果ァ!!!」
そう言いながら俺は斬りつける。
しかし、その攻撃が空を切った。
「……なに……!?」
「憂鬱ですねぇ……それを含めて甘い攻撃なんですよ……【シャドウボール】」
「んな……!? 〈兎脚〉!!」
俺は咄嗟に回避したが、その状況は芳しくなかった。
まじか……もう順応されたのか……?
違う……俺がそうするように仕向けられたのか……?
そう考えると本当に厄介だな……ユニークモンスターってやつは……!!
現在時間は1時50分、俺のアドレナリンは止まらない。




