第五十限 黒藍の吸血鬼、その10
アルト先生はどこか異質だった。
たしかに、そこに居たのは、私が見てきた、授業の先生をする優しい、そして、変わらない先生だ。
その瞳が蒼く輝いていること以外は。
「もう学校の門は閉じてるんですがね……どうして入ってきたのですか? 忘れ物ですか?」
「先生こそ……どうしてここに……?」
ミライが話しかける。
おいおい、そいつどう考えても黒だろ……!
「いやぁ、巡回ですよ、巡回。私の守るべきものが壊されないようにね」
「守るべきもの……?」
「私が思うに……運命とは廻り巡るものです。輪廻とは最上の救済処置なんですよ」
「……何を言ってるんですか……? 先生……」
アルトという男が目つきを変える。その目は変わらず、蒼く光っていた。
「なので、守るべきものがこちらからきたんです。こうなれば、保護しないと行けません」
そう言いながら、俺たちに近づく。
「ミライさん、あなたもどうですか?」
瞬間、俺たちの横にあった扉が開かれる。
そこから、少女のような存在がとぼとぼと歩いてくる。裸足のようであり、その格好はまさにお姫様と呼ぶに相応しいような姿であった。
ただ、活力を感じない。瞳孔に光がない。何か洗脳のようなものでも受けたかのように暗い表情をする彼女の姿を見て、様子がおかしくなった奴がいた。
「……まさか……アルスか……!?」
「おや、ネストくん。離れてください。これは私の大切な存在です。君の幼馴染などでは断じてありません」
そう言うと、アルトという男の横に、アルスと呼ばれた少女が立つ。
どうやら、ただならぬ関係のようだな……
アルスにアルトが手を差し伸べる。その時、
「アルスに触るな!! 【ダークバウト】!!」
ネストが魔法を放つ。
どうやらその攻撃は、直撃したようだ。しかし……
「おやおや……まさかこれを見せてしまうとは……」
「魔法を撃つことは推奨しませんよ……? アルスさんが傷つくかもしれませんからねぇ?」
そう言いながら、アルトと言われた男は翼を展開した。蝙蝠のような、薄い膜でできている翼で、まるでその容姿は、吸血鬼と呼ぶに相応しいものであった。
「貴様……やっぱり吸血鬼だったのか!!」
「吸血鬼……うーん聞こえは良くないですね……ところで、ミライさん。どうしますか? 私と一緒に来ませんか? 今なら歓迎しますよ」
そう吸血鬼と化した男が言う。
少しの沈黙が流れた。ミライはどう出る……?
「……いやですね。私は、友達を奪還しに来たんですから。たとえ先生でも容赦はしません」
「……おや、残念ですね……あなたは優秀な生徒ですから、居てくれると随分と助かったんですがね……」
ミライはキッパリと断り、戦闘体制を取る。
その行動に、吸血鬼は目を細める。
静寂な空気が漂う。お互い、開戦の狼煙をあげたくてウズウズしているはずだ……ここは俺が買って出よう。
そう思って声を出そうとしたその時。
「おいおいおい、吸血鬼! アルトだがアルベとかなんだがしらねぇが、俺達は今日、貴様を倒しに来た! かかってこいよ!!」
そう言ったのはネイチャーだった。
(おい! お前は後方役だろ!! 何目立ったんだ!!)
(うるせぇ!! 散々話し合いはしただろ!! ここからはストレス発散させろ!!)
(お前なぁ…………!!)
その声を聞いた吸血鬼は、俺たちの方をじっと見つめる。
「なるほど……どうやら血気盛んなようで……そうですね……せっかくですので、特別授業と行きましょうか……」
そう言うと、吸血鬼は少女を抱き上げ、翼をめいっぱい広げる。
それは、廊下の天井に届くくらい大きい翼であった。
「……何かわからないが……来るぞ!!」
俺たちは戦闘体制を取る。
開戦の狼煙は、風切り音から始まった。
「うぉ……!?」
吸血鬼は、後方に居たネイチャーを切り裂くように動いた。
まるで翼が高速で動くかのような速さだ……
「っぶねぇ……こいつ……容赦ない感じだなぁ!?」
「おや……まだ慣れませんねぇ……外してしまうとは……」
すぐさま俺たちは陣形を変える。
「俺とファイアワークスが前に出る! 他の奴らは後ろで防御固めろ!」
目標はこいつを中庭に突き落とすこと……
それと、あの少女の奪還だ……!
「ふっふっふ……まだまだ行きますよ……!」
吸血鬼は、またもや同じ姿勢をとる。
そして今度は、俺のところへと飛んできた。
「うおっ!? くっ……いってぇなぁ……!」
「声の大きい人から消していきましょうか……」
「はっ!! 俺の声が大きいってか!? 言ってくれるね!!」
俺にヘイトが向いているってことは……こいつの出番だな……!
「来いよ……〈俊兎〉!!」
〈俊兎〉
往復運動をするたびに加速度を蓄積し、最大5段階まで加速させるスキル。
スピードを加速させるには手っ取り早いが……それ以上に制御が難しい……という難点を持っている。
つまり、簡単に言うと、俺は反復横跳びをしながら加速し続ける。
「こいよ!! 当ててみやがれぇ!!」
「うわ……キモ……笑」
「おいそこ!! キモがるな!! 笑うな!!」
コントしてるわけじゃねぇんだわ!!
「くっ……思ったよりすばしっこいですね……」
「はっ……! 当たり前だろうが!!」
それはそうと、敵が撃つ俺への攻撃は全て当たらない。やっぱ素早さイズ正義なんですわ!!
「今度はこっちから攻撃行くぜ……! 〈兎脚〉!!」
「……なに……!?」
俺は吸血鬼の足に蹴りを入れ込む。その攻撃を予想していなかったのか、吸血鬼は体勢を崩す。
「くっ……」
俺はその隙を逃さず、『戦月兎・直剣』を出し、吸血鬼を突き刺そうとする。
「もらったぁ!!」
「待て!!」
突如響き渡る声。俺の剣先がピタリと止まった。
「はぁ!? なんだよ!!」
「アルスを傷つけるな!!」
「少しの傷くらい我慢してくれよ!!」
「アルスは、女の子なんだぞ!!」
おいおい……足手纏いかよ……? そんなこと言ってると攻撃できねぇぞ……
「おやおや、よそ見ですか……!」
「あっ……まじッ!? ぐっ……!!!」
俺は、奴の攻撃を受け、後ろへと下がる。
せっかくの攻撃チャンスをみすみす逃してしまうこととなった。
「随分と派手に飛ばしてるねぇ……今度は私が相手だよ……吸血鬼さん……」
「おやおや……これはとてもお強そうだ……」
俺の代わりに、今度はファイアワークスが相対している。
「キョート! 大丈夫!?」
「あぁ、とりあえずなんとか……そっちの準備はどうだ……」
「こっちはもうすぐ終わりそう。それと、アルスちゃんを傷つけずにってネストくんからの伝言だよ」
「そんなの叫んでたからわかるわ……てか、あの女の子を傷つけずに……こいつを倒すだぁ……? ムズすぎだろ……」
正直、人質となっている以上、傷がつくのは避けられないと思っている……ましてやユニークモンスターとなると尚更だ……それをわかって言ってるのか……? これが試練ってか……?
「キョートくん! ちょっと手伝ってくれないかな……!」
「あぁ、わかった! 行くぜ!」
俺たちは、作戦がある。
今、裏方でしているこの作業……これが第一段階、つまり「中庭へと引き摺り下ろす」ことを完了させるキーだ。
そのために、俺とファイアワークスが引き付けている。奴の意識をそっちに向けさせないために……!
「行くぜ……〈兎斬〉、驚異の二連撃だ!!」
俺の放つ斬撃が、吸血鬼の足へと目掛けて放たれる。
その攻撃は、空を斬るように進み、やがて当たるかと思われた。
「甘いですね……私には翼があります……!」
が、避けられる。続く二撃目も難なく避けられる。
ちっ……やっぱ翼って邪魔だな……だが……!
「そう来るのは読めていたよ……! 〈蔓の鞭〉!!」
ファイアワークスから出た蔓が、奴の翼を絡めとり、拘束する。
その力でしっかりと拘束できているようで、奴は飛行状態ではなくなる。つまり、奴の機動力は死んだと言うことだ。
「くっ……厄介ですね……ですが、私は翼だけではないのですよ」
そう言うと、奴が何かを喋り出す。
「これは……魔法か……?」
「まずいかもね……逃げるよ!」
「遅いですね……【ダークバウト】」
瞬間、俺達は闇に包まれる。
何かが皮膚を駆け回るような違和感を覚え、その後直ぐ、その違和感は痛みに変わる。
「イタッ……!? なにこれ……!?」
「何だこれ……虫が走ってるみたいな……うわっ!!」
俺達は暗闇に包まれながら、継続ダメージを受け続ける。
「こいつが……魔法か……!」
「きついね……」
くっ……まずい……あいつらが準備をおわらせてなければ……作戦が失敗してしまう……!




