第四十四限 黒藍の吸血鬼、その4
俺は鏡花……いや、ミライに会うために久しぶりに宿へと戻る。
「ずっとネロの家に居たからな……久しぶりだぜ……」
俺は宿屋のおばちゃんに挨拶をした後、鏡花とレイへと会いに行く。
「おーい、起きてるか〜?」
ドアを叩く。返答はない。
俺は画面を開き、ログイン状況を確認する。
どうやらログインはしているようだ。
「あれ〜? おっかしいなぁ……まだ朝も早いだろうに……」
俺はもう一度扉を叩く。今度はさっきよりも多く。
「おーい、いないかー? 俺だ俺、キョートだぞー」
居ないのか……?
そう思った時だった。
ガチャリ、と鍵が開く音がした。その次の瞬間、閉ざされていた扉が開かれる…………
開いたのは俺が叩いている部屋……ではなく、横の扉……つまりレイの部屋だった。
「うるさいなぁ! わかってるってば!! って……どこ叩いてんの?」
え……?
あれ…………?
「あれれ〜〜???」
…………
………………
……………………
「つまり……私がいると思って自分が泊まっていた部屋を叩いていた……と?」
「なにぶん久しぶりにきたもんだから……間違えた……ははっ……!」
「何わろとんねん!!」
俺はミライから一発パンチをもらう。
「いたぁ!? お前、殴るのは違うだろ!!」
「はぁ……アンタさぁ……今回は幸いにも居なかったからよかったけど、もし泊まっている人が居たらどうするつもりだったわけ!?」
「いやぁ……すまん……」
俺はミライに正座させられ、宿の廊下に座り込む。
その様はまるで罪に処される罪人とその審問官のようだ。
「だいたいさぁ……」
長い説教が始まると思い身構えていた俺だが、その説教が始まることはなかった。
「あれ……どうしたでしゅ……ってキョートしゃん!?」
「お! レイ! 久しぶりだなぁ!!」
「あ、レイちゃん、今ちょっと説教してるからあんまり近づいちゃ……」
ミライの言葉を遮るかのように、レイが走り出す。
「キョートさーん!! 会いたかったでしゅ〜〜!!!」
レイは俺の懐へと飛んでくる。
「うおっと……おいおい、危ないだろ。久しぶりだな。こりゃまた随分と強くなってそうだな……」
「キョートさんも強そうでしゅ!! おかえりでしゅ!!」
「ちょっと!? 感動の再会みたいなことしてるけど私の話を……」
「おいおい、今日はそんなことを話すために呼んだのかよ。ミライ」
俺がそう言うと、ミライは沈黙する。
「…………そうだね。いいから入って」
俺はミライとレイが泊まっている部屋へと入る。
少しくつろぎ、レイとお話をしながら、ミライを待つ。
やがてミライがこちらへ来て、俺から見て左側へと座る。
「さて……本題に入ろう……実はね、ユニークモンスターを見つけたかもしれない」
「おぉ、まじか。流石ミラ……」
俺は、ある違和感に引っかかった。
「ん? "かもしれない"? 確定じゃないってことか?」
俺はミライに聞き返す。
「うん。多分ユニークモンスターだろうなって感じ。聞いてたように、吸血鬼がユニークモンスターだろうし……」
「じゃあなんで"かもしれない"って言うんだ? 確定してるなら見つけたって断定すれば良いだろ」
ミライは答えた。
「通知が来なかった」
「ん? どゆこと?」
「キョートはさ、サマルテGTと初めて会った時、なんか出たの覚えてる?」
「あー……システムボイスで〈出現しました〉って出たな……」
「あいつと対峙している時、そんなものは出なかったの。一切ね……」
「なるほど……だから"かもしれない"と……?」
「そう……それで、そいつと戦闘になった……それで……」
「なるほど、負けたってわけだな?」
俺がそう言うと、ミライは痛いとこを突かれたようなリアクションをする。
「…………うん。正直言うとあの桁違い感は異常だった。万全の態勢では無かったとはいえ一発で死ぬレベルだった……」
まあ……ユニークモンスターだしな……
俺も一度戦ったことがあるし、ミライもあるからわかる。あの強さは異常だ。
「正直言って勝てるかって言うと……少し微妙……」
「なるほどねぇ……」
話し始めてから黙りこくっていたレイが喋る。
「でも、ミライさんもネストさんもすっごく頑張ってたでしゅ!」
「まあ、結果はお察しだけどね……それにレイちゃんも頑張ってたよ」
「でしゅ……」
随分と仲良くなったな……まあミライは対人技能Sみたいなやつだからな……そりゃそうなるか……
「んで? わざわざ敗北譚を聞かせたかったってわけでは無いんだろ? ミライ」
「……! あはは……やっぱ流石だねぇ……キョートは……」
ミライは笑う。
「うん、もちろん! 私はどれだけクソなゲームだって乗り越えてきた……勝ち越しだけは絶対にさせない……! それが私のモットーだからね」
そう言うと、ミライは俺に向き直って言う。
「あのユニークモンスターをぶっ飛ばしたい。私達を手伝って欲しい」
そう言って手を出す。
「ははっ……当たり前だろ。そのために今日までレベル上げてきたんだ」
俺は手を握る。
俺とミライは、このゲームで初めて、硬い握手を交わした。
「あ! ずるいでしゅ!! 私もしたいでしゅ!!」
「しょうがないなぁレイちゃんは……」
ミライはもう片方の手を差し出す。
それに呼応して、俺も手を差し出す。
「……! でしゅ!!」
レイは俺たちの手を握る。
まるで三角を作るかのようなこの絵面は、俺たちの関係を示すのに最適なものであった。
「さて……んじゃあ、下準備をしよっか」
「あぁ、そうだな。どうせ今日するとか言うんだろ?」
「もちろん! 当たり前でしょ!」
「えぇ!? 今日するんでしゅ!?」
レイ……まだまだミライを知らないな……フッ……
諸々の下準備をするため、俺たちは、学校へと赴く。
「うわぁ……新鮮味あるわ〜、学校の中に入るのは」
「キョートが来たのは最初の日だけだもんね〜。私達はここ最近毎日出入りしてるから新鮮味薄れてきちゃうよ〜」
「大変だなぁ……こんな広いと……」
俺はだだっ広い学校の敷地を見て思ったのは、
めちゃくちゃ楽しそうだなここ……ということだった。
俺たちはミライの案内で、ある場所へと歩みを進めた。
それは、一見するとただの校舎の裏側であり、ヤンキーがカツアゲとかしてると言われても不思議では無いと感じる場所だった。
その中でも一際小綺麗な場所へと俺は案内される。
「ここで待っててね……おーい! ネストくーん! いるんでしょー!」
そうミライが叫ぶと、どこからか声が返ってきた。
「お前ら……来るなって言っただろ……! って、お前は……誰だ……?」
声のする方を向くと、そこには少し小さめのダークな雰囲気を纏う男がいた。
「おい……こいつは……?」
「あー! 紹介するよ! こいつはキョート。私の友達で、ただのバカだよ!」
「誰がバカだ! ったく……紹介に預かった。俺はキョートだ。よろしく」
「はぁ……よろしく……」
「そして、今回の助っ人ってこと」
「……!?」
ネストと呼ばれた男は、俺に視線を向ける。
その視線は懐疑的であった。
「こいつが……?」
「あぁ、俺がお前達の助っ人であり、ミライの友達だ」
懐疑の目は、更に深く疑いの眼差しを向ける。




