第四十二限 黒藍の吸血鬼、その2
その恍惚とした吸血鬼は、平然とこちらを向く。
「……!!」
全員が戦闘態勢を取った。
その吸血鬼は、いやに大きく、廊下の天井近くまでの背があった。
背後には黒いの何か……おそらく羽のようなものが取り付けられている。
その吸血鬼は、にやりと微笑むような顔でこちらを見つめる
「……おや? これはこれは、いけませんね。こんな夜中に。学校に忍び入るなんて……学生はもう帰っておやすみの時間ですよ……?」
その吸血鬼は喋り出す。
まるで、私たちを注意する先生かのように。
「……お前が……魔導学府七不思議、「夜中に現れる吸血鬼」か?」
ネストくんが問いつめるように聞く。
すると、吸血鬼は言葉を発する。
「おや、私も随分と有名になりましたね……はぁ……酷く憂鬱ですね……」
肯定した……てことは……
「あなた方にとってはとても憂鬱ですが……ここで消えてもらいましょう……」
すると、吸血鬼は翼を翻し、私たちの懐へと飛ぶ。
それは最早ワープと言えるような代物であった。
「んな……!?」
そのあまりにも早い動きに全員が反応に遅れた。
その懐に飛び込んだ暗い藍色が、私たちの群れなすところを壊すかのように真っ直ぐ飛来する。
その歯牙を真っ先に受けたのは、私だった。
「くっ……うぉ……!?」
私は浮いた身体と地面が激突する直前、受け身を取りなんとかダメージを軽減する。
しかし、そのダメージは、受け流したとしても深刻なものであった。
「…………うっそ……残りHP……3……?」
私もこれまで、モンスターとは何度か対峙した。シンボルモンスターも討伐した……が、違った。
そこらへんのモンスターやシンボルモンスターとは明らかに桁違いであった。
そう……この圧倒的な力は……まるでサマルテGTのような……
……キョートとかの予想では、吸血鬼はユニークモンスター絡みだろうって思ってたけど……まさか……ビンゴかもしれないとは……
私に駆け寄る存在がいた。
それは吸血鬼ではない。レイちゃんでも、ネストくんでもない。
アルスさんだった。
「ミライさん! 大丈夫ですか!?」
アルスさんは私に回復魔法をかけてくれているようだ。
その魔法により、どんどんと体力が回復していく。
感謝を伝えようとアルスさんの方を向く。
「ありが……アルスさん……! あぶな……!」
「……え?」
アルスさんが振り向く。
そこには、吸血鬼が立っていた。手を見れば何かを掴もうとしていた。
吸血鬼の手がアルスさんの首に触れる。
「きゃっ……なにを……うっ……!?」
次の瞬間、アルスさんの手が力を無くしたかのようにぶら下がる。
「アルスさん!!」
「あぁ、憂鬱ですね……やはり……」
その吸血鬼はアルスさんを持ち上げる。
その様は、今にも締め殺さんとするばかりの様子で……
最初に動いたのは、私ではなかった。
「【ブラックスケア】ッ!!!!」
その黒い瘴気が吸血鬼に向かって放たれる。
吸血鬼は一瞬怯み、手を緩める。
「なるほど、黒魔法……!」
「でしゅぅ!! 〈怒棍〉!!」
レイちゃんがアルスさんを取り返そうと動く。
しかし、その攻撃は空を切る。
吸血鬼は飛び立つと共に、レイちゃんを弾き返す。
「おや、読みやすいですねぇ……」
「でしゅぅぅぅう!!?」
「レイちゃん!!?」
レイちゃんが廊下の壁に思いっきり激突する。
その衝撃はかなりのものであり、死んでもおかしくはない……
「レイちゃん!!」
「い……痛いでしゅ……」
どうやら、間一髪生きてはいるようだ。
ただ……状況は最悪に近い……
アルスさんが捕まっている。
この状況が一番恐れていたことだ……
なぜなら、私たちの中で一番強いのはアルスさんだから……
「はっはっは……憂鬱ですねぇ……これだから困るんですよ……」
「黙れ……!! 【ブラインドネス】!!」
感情的になってる……!
ネストくんは吸血鬼に魔法を放った。
その魔法は誰の目から見ても明らかに命中した。はずだった。
「やはり闇魔法ですか……ですが……」
「……なっ……!?」
次の瞬間、ネストくんの身体が宙に浮く。
その勢いのまま地面へと叩きつけられた。その衝撃は地面を潰すかのような勢いであった。
「……かはっ……!」
「ネストくん!!」
このままだと……まずい……負け……
どうするミライ……私はどうする……どうするどうするどうする……!
「おや……ふむ……なるほど……ははっ……」
突如、吸血鬼が私たちから離れた。そしてそのまま南館の方角へと歩いていく。
「……待て……アルスを……どこへ……」
吸血鬼が立ち止まり、ポツリと呟く。
「あなた達を殺す必要はない……そう思っただけですよ……私が必要なのはこの子だけですから……」
吸血鬼はそう言うとにやりと笑う。
「あぁ……そうですか……とても憂鬱な気分でしょう……私も同じですよ……ふっふっふ……」
吸血鬼はアルスさんを抱えて飛び去る。
まるで、そこには何も居なかったかのように、静寂な空間が続いていた。
事実上の敗北を喫した。
「強すぎ……やっぱユニークモンスターってアホほど強いね……」
「で……でしゅ……」
「アルス……アルス……くっ……」
私たちは一度、いつもの校舎裏に行く。
「ネストくん……」
「くそっ……俺が……俺がもっと強ければ……」
レイちゃんとネストくんに手当てをする。
幸いにも回復魔法は覚えている。
「吸血鬼……強すぎでしゅ……」
「あれがユニークモンスター……ってことか……」
一度戦ったはずなのに、あの気迫には慣れない……
私はまだまだ未熟だと……そう言われているかのようであった。
「とりあえず……今日は帰ろう……」
少しの静寂を辺りが包む。
時刻は深夜1時前、私たちは校舎裏から学校の外へと出る。
アルスさんが捕らわれた。そして、ネストくんとレイちゃんがダメージを喰らった。
NPCの体力が0になるとどうなるのか……それは定かではない……
歩いていると、ネストくんが突然話す。
「……明日……お前達は集まらなくていい……」
「え……? どうして……?」
「俺一人でアルスを探す……お前達に危険はかけられない」
「じゃあ……尚更みんなで行こうよ……!」
「でしゅ……! 足手纏いではないでしゅよ!」
「違うんだよ!! お前達は!!」
「「!!」」
「お前達は居ても後2日だろ……? ならさ……もう俺たちとは関わらずに、明るい学園生活を謳歌すればいい!!」
「そんなの……できないよ……」
「うるさい……とりあえずお前達は来るな……いいな……」
「あちょっ……」
そう言うと、ネストくんは別の道から帰って行った。
私の中には確かに、何かが揺れている。
その鼓動を感じとる。
このままでいいのか?
たしかに、学園生活はもう2日しかない。
このまま関わらないことを選択しなければ、レイちゃんを危険に晒すことはなくなる……
ただ……
「どうする……レイちゃん」
「……ネストさん……すごくつらそうでしゅ……助けてあげたいでしゅ……!」
「……そうだね……明日、キョートに連絡しよう」
「……でしゅ!」
私は、アルスさんの安全を、ネストくんの思いを、あの吸血鬼の正体を……知る必要がある。
私は冒険者であり、開拓者だ。
「明日……アルスさんを連れ戻そう」
三つの意思は交差する。
それは、一つの諸悪へと矛を向ける。
新たな風が吹き荒れる。
それは、一つの挑戦を成功に導く。




