第十一害 感情に任せる瞬間
結構重い(?)回です。
土や石が混じり、人の足でしか碌に整備されていない床。切り出したかのような壁。嫌気が差すほどの湿気。扉として使われている鉄格子は、陰湿な照明しかない廊下をチラリと見せている。
まるでゲームとは思えないほどの劣悪な環境だ。
そんな牢屋に、リスポーンして清潔な状態の私、鏡花と、レベルと魔法防御が著しく高かったせいでほとんど削れなく、衣類がボロボロになってしまったじゃきーさんこと天皇河邪鬼子さんが、びしょ濡れな状態で立ち尽くしていた。
陽が差し込まない廊下を見るに、外はもう夜なのだろうか。
「……どうしよっか……」
私が放ったその言葉は、絶望から漏れ出てくる声であった。
あの自爆の後、私とじゃきーさんはあらゆる手を使い脱出を試みた。
最初にしたのは壁を削ること。
これはあまり効果がなかった。
どれだけ魔法を撃ち込んでも、まるでHPが1しか削れないような感触に見舞われたのだ。
こんなことでは脱出できてもいつまでかかるのかわからない。
次にしたのは鍵を作って開けることだった。
しかし、鍵穴はこちら側にはない。
よって、どうにかして回らざるを得ない状況になった。
また、例え回ったとしても、その回った人物が鍵を作れるスキルか技術がないと厳しい。
その間に看守が来てはお終いだ。
回る方法については一応ある。
私の魔法、鏡洛魔法【ミラーポート】だ。
しかし、それはほぼ一日一度きりのものであり、対象は一人しか選べない。
一日待つその間に看守が来るなどがあるなら、やっぱりお終いとなる。
他にも、鉄格子を壊す、水で身体中びしょびしょにして滑らせて鉄格子の隙間に入る、風魔法で自身を押し出して無理やり出る、等を試した。
が、やはりというか、どれも失敗に終わった。
その場で座り込む私たちであったが、ついに何かが切れたのか、じゃきーさんの様子がおかしくなる。
「もうヤダ……」
「……大丈夫ですよ、じゃきーさ……」
私は座り込むじゃきーさんの方を向きながら、慰めをかけようとする。
しかし……
「もう嫌!!」
じゃきーさんは苛立ちを露わにした。
「もうなんなの!? せっかく"映え"に出会えたと思ったら、知らない間によくわからない大事に巻き込まれてさ! 挙げ句の果てには逮捕されて半日以上何もできないなんてさ! なんなの!? どこまだ私の計画を狂わせたら気が済むの!? ねぇなんでなの!?」
じゃきーさんからは、今までに見たことないような言葉遣いであったその言葉達に、私はとても驚いた。
私が絶句しているところに、じゃきーさんが続ける。
「大体さ! なんでこんな人たちがユニークモンスターに勝てたの!? 確かに交渉力はすごいかもしれないけど、レベルなんて到底雑魚じゃん!! なんでこんな自分に魔法を撃ったりする人たちがユニークモンスターに勝てるわけ!? それじゃあ私が頑張った1年間はなんだったの!? なんで1年しっかりプレイして、配信もほぼ1年週五でやり込んだ私が、こんな駆け出しの初心者に負け続けないと行けないの!? なんで私が驚かされ続けなきゃいけないの!? なんで!? なんでなの!?」
人は、追い詰められた時に本性が出るという。
おそらく、彼女の本性はこうなのだろう。
そう私は感じた。
「もう……わかんないよ……最近ずっとこう……何もわからなくなっていく……私が知らなかったことがいっぱい出てきて……レイちゃんとかもそう……なんなのあのNPCは……あんなの私知らない……私のこの一年はなんだったの……? なんでこんなに心がざわつくの……?」
ずぶ濡れだぅた顔が乾いていたところに、一筋の水が流れる。
が、その涙はすぐに枯れる。おそらく疲れ切っているのだろう。
それでもログアウト出来ないのは、このリスポーン地点の特異性にある。
このリスポーン地点は、一日に一度しかログアウト出来ない。つまり、戻ってきたら丸一日は拘束される。
そして、私たちがそれを知っている理由は単純、一度試したからだ。
「なんでなの……? 今日も配信があるっていうのに……どうして何もさせてくれないの……? 一年頑張って得た結果がこれなの……? なんで……」
「じゃきーちゃん……」
今にも泣きそうな声で天皇河さんは呟く。
涙は既に枯れているというのに、それが溢れるような感覚に見舞われているのだろうか。
私は、この光景に見覚えがある。
それはとあるトラウマ……とあるゲームでのトラウマだ。
私がクソゲージャンキーになる前、とあるゲームでフレンドになった人がいた。
その子は女性で、私と同い年とのことで、よく話が合ったのだ。
が、とある諍いに巻き込まれ、その子が今のように不運な目に見舞われたのだ。
その時、何も手を差し出せなかったことで、酷く責め立てられ、そのまま疎遠になってしまった。
だからこそ、過度に接触するのはキョートとNPCだけにし、他の人とはなるべく関わりを持つことを避け、飄々と生きることにした。
そう思っていたはずなのに……
今では、彼女を友達だと思っている自分がいた。
もちろん、仲間は仲間だ。だが、明確に線引きはしていたつもりだった。
だが今の彼女は、それとはまた違う、私が友達と思える何かしらの要素に引っかかっていたのだ。
あの時、私はなんと言う言葉を掛ければいいのだろうか。ずっと悩んでいた。
今と違い、私も不運な目にはあっているが、それ以上にメンタルが死んでいるのはじゃきーさんだ。
私は……あの時のトラウマを繰り返したくない。
「……じゃきーさん」
「……なに?」
私は、自分の顔を引っ叩いた。
「……!? 何してるの!?」
驚いた様子のじゃきーさんを見ながら、私は淡々と話し出す。
「私さ、じゃきーさんの弓捌きとか、愛嬌とか、礼儀正しさとか、全部、すごいなって思ったの」
「……急に何よ……」
「動画を見て、感じたのは、そんなことだった。会って話すとか、そんなのは考えてもなかったから。でも、あなたはあの日、自分から来たの」
「……そうね」
「私さ、びっくりした。有名人だし、正直言って会えるなんて思ってもなかった。それだけあなたのことは一目置いてたから、だからずっと不思議だったの」
「……不思議……?」
「どうして、私たちなんかと一緒に行こうなんて思ったのか。でもそれは、もうわかった」
「…………」
「あなたが、動画のネタとして私たちに接触したこと、あなたが興味あるのはキョートの方ってこと、あなたが本当に知りたいのは、ユニークモンスターの倒し方よりも、動画のネタになるような情報ってこと」
「……それは」
「私は否定しないよ。あなたはVtuber。配信者なんだよね。雑談や動画のネタとしてそういうのに拘るってのは流石は一流だなって思う」
「……ミライ……さん」
「でも、少しでも気に入らなかったら絶望して、すぐに感情を露わにするってのは、意外だった。あなたにも人間的な側面があったんだって、思った」
私は座り込み、じゃきーさんの頭と同じ高さに頭を置く。
「そんなあなたを意外だと思うと同時に、更に親近感が湧いたの。やっぱりこの人も人間なんだなって」
「…………」
「あなたがどう策を巡らせたのか、あなたがどうなってしまってこう荒んだのか。私は私の見える範囲でしか言えないし、言う気もない。でも、これだけは思う。あなたは別に、一人じゃない」
「…………!」
「そう思い詰める必要もない。みんなを頼っても良い。だから、泣かないで」
私が喋り切った後、少し間を置き彼女が喋る。
「なんで……なんであなたはそこまでして私のことを慰めてくれるの……私、あなたのクランの悪口たくさん言ってさ……ただわがままで天邪鬼な奴に、なんでそこまで手を差し伸ばせるの……?」
「……そうだなぁ……もう友達だから……かな」
「……友達」
「だって、もうフレンドになってるし、同じパーティーメンバーになってるし、あなたに親近感が湧いてるし。何より、じゃきーさんは面白いからさ」
その言葉を聞いたじゃきーさんは、目を大きく開ける。まるで、何かに気づかされたような感じの顔である。
「あ、でも、自分の頬を叩くとか、変なことしてごめんね。一度、話を聞いて欲しかっの」
「……別に、そんなことしなくても話くらいは聞くわよ……」
そのじゃきーさんの言葉に、先ほどまでの不安そうな声は乗っていなかった。
「……ミライさん」
「……どうしたの?」
「ありがとう。励ましてくれて」
私は、その瞬間、少しトラウマを克服した。
ほんの少しではあるが、人に手を差し伸べることが出来たのだ。
「……もちろん。いつでも言ってね」
あの時も、こうしていればまた変わっていたのだろうか。それは、神のみぞ知る。