第6話 メル、俺の元に来るんだ！
村人たちは怒りを収めることができず、ビッグハムに対してその怒りをぶつける。
「ライメイさんがいくら美人でも、許される行為じゃないよ！そんな不細工の奴隷を、みんなの通る公道を歩かせるなんて気でもふれたのかい！」
周囲の人々は怒りに満ちている。男女の区別なく、メルに向かって石を投げつけるような無礼な行為に及ぶ者さえいる。
ビッグハムは止めようとしない。止めてやれよ。
「い、痛い。ゆ、許して下さい」
「皆様、本当に申し訳ございません。奴隷用の馬車が故障してしまい、値段の高い者から別の馬車に移しましたが、一番安い者を歩かせておりました。皆様に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした」
そう言った後、ビッグハムなりのお辞儀をしているのだろうか？首を少し俯かせた。
「まあ、ライメイさんに深々と頭を下げられたらなぁ...」
周囲に集まった村人たちは、納得できない様子を見せつつも、仕方がないという表情で、自らの行動や言葉を控えめた。
荒れていた場が落ち着いた。おいおい、お辞儀をした様には見えなかったが...。どこがお辞儀をしたんだ？
「この奴隷ですが、外見はゴミムシですが「体術のスキル（小）」を持っています。どなたか買って頂けませんか？銀貨一枚で結構ですから。それにまだ、16歳です。当分は働けます。ほらゴミムシ！あんたからもお願いするんだよ！皆様に買ってもらえないなら、あんたを処分するよ！」
そうメルの首輪につながった鎖をグイっと引き寄せ、聴衆の前にメルを放り捨てた。
「ひっ！ど、どうかお願いします。何でも致しますから。私を買って下さい！！お願いします。お願いします」
集まっている村人に対して、メルは土下座をして必死な形相をして頼み込んでいる。
地球で暮らしている俺からすれば、信じられない光景だ。倫理的にも、奴隷制度など身近に体験していない。それに何よりも、こんな美人が不細工な者たちに対して懇願している姿に、思考が追い付かない。
そんな戸惑っている俺をよそに、村人たちは収めていたメルに対するどす黒い感情を再び燃やし始めた。
「ライメイさん？気でも触れたんか？いくら『体術スキル（小）』があってもこんな不細工を隣で連れて歩く勇気はないよ」
「「ぎゃはははは！」」
「そうだ！魔物の餌に銀貨一枚も払えるか！」
村人はメルをおもちゃの様に扱い始めた。特に男性より女性たちがメルを取り囲み、面白がっている。
「ゴブリンとやらせて、見せ者にしたらどうだい？」
「ひっ！」
メルは非常におびえ、体全体がガタガタと震えだした。彼女の目には恐怖が浮かび、唇は青ざめている。
だが、メルに対する心ない罵声は止むことなく、場は冷酷な笑い声で満たされていた。
「いっちょまえにビビっているぞ！面白い！ゴブリンに与えてやれ！」
「どうせ男に抱いてもらえないだろうし。それがいいよ！案外途中から感じまくるんじゃないのかい？」
「そ、それだけは、それだけは...！」
もう見るに堪えない。どこの世界でも弱者は常に弱者だ。でも...でもこの世界で俺は、強者の側にいるようだ。それならば...。
チャリン、コロコロコロコロ...。
銀貨がビッグハムの足元に転がり、怯えるメルを横目に、俺はビッグハムに銀貨を一枚投げつけた。
「これでいいんだろう？これでこの子は俺のものになるんだろう？」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それまで聞くに堪えない罵声と笑い声で騒がしかったこの一帯が、突然静かになった。俺を見て、みんなが信じられないという表情で見つめてきた。もちろんメルも含めて。
「どういうことでしょうか...。まさか、旦那様がメルをお買いになるおつもりですか？」
ビッグハムは信じられないという表情で俺の顔をじっと見つめていた。ビッグハムの顔と体が小刻みに震え、その震えが彼女の驚きと呆然とした気持ちを物語っていた。
「おいおい...！美男子と野獣の組み合わせじゃないかい！」
「そんな！あんな美少年になら私が買われたいよ！」
一度静まり返っていたこの場が、俺がメルを購入する意志を示したことで、再び異なる意味で賑やかになった。
「どうなんだ？早くその娘を俺に売ってくれ。まさか、公衆の面前で銀貨一枚と言った後で、値段を急に吊り上げるつもりじゃないだろうな？」
俺は鋭い眼差しでビッグハムを睨みつけた。
「も、勿論です。血の契約を我が奴隷商館で行います。それが済めば、この化け物...いや、メルはあなた様のものです。でも本当に購入されるのですか？これは最終確認です」
ビッグハムは、俺の渾身の睨みに怯えるどころか、恍惚とした表情で俺の視線をそらした。「そんな熱い視線で見つめないで...♡」と小声で呟いた。こらこら。変な風にとらえるな。
「わ、私を、あ、あなた様が、買って頂けるのですか？ほ、本当ですか？わ、私が持っているのは『体術スキル（小）』だけです。こんなありふれたスキルで、あなた様のお役に立てるかどうか...」
メルは真直ぐ俺の目を見つめ、深い悲しみと決意を込めて言ってきた。自分の不利になる事を隠さずに。
「メル、余計なことを言うんじゃないよ！あんたはこのお方に買って頂けなかったら、鉱山送りか飼育用の魔物の餌だよ！」
「で、でも！」
メルはそれでもビッグハムに食い下がる。たとえ自分の身が追い込まれている状況であってもなお、彼女の目には決意と温かさが見て取れた。
「関係ない！不利な所も隠さず言うメルが、僕はさらに気に入った！」
俺はそうメルに向かって言い放った。
「だ、旦那様...こんな外見の私を気に入ってくれるなんて...嘘です」
信じられないというメルに向かい、今度は俺の方がメルを真直ぐに見つめながら、全身全霊の力のこもった声でメルに伝えた...。
「嘘じゃないぞ！本気で君を買いたいんだ！だから、俺の元に来るんだ、メル！」
