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第5話 美醜逆転

「ご、ごめんね。大丈夫?」


「す、すみません!すみません!本当に...わざとじゃないのです!」


 そう言って私の前にひれ伏したのは、外套を身に纏い、顔をフードで隠した女性だった。彼女は俺にぶつかってしまったことを、必死に土下座をして謝り続ける。なぜそんなに怯えているのだろうか?わざとではないことなど、見ていた者なら明らかだと思うのだが...。


 それに、外套を身にまとって...暑くないの?


 フードの首元からはリードのような鎖が伸びているけれど、もしかしてこの鎖で繋がれているの?その鎖のリードは、隣にいる馬車の御者席に向かって伸びているようだ。


 すると、俺に対して土下座して謝る女性の横に馬車が停まり、御者席の上段から俺に話しかける別の女性の声が聞こえた。


「申し訳ございません。とても精悍(セイカン)なお顔立ちをした旦那様。お召しになっている物や靴も、見慣れない素材のもので...。メルの不注意であなた様にぶつかってしまって。それにぶつかった衝撃で左のお尻の部分に汚れが!こんなご立派な殿方にぶつかるとは、()()の分際で何てことをしてくれるんだい!メル!」


 そう言って俺の前に現れたのは、超強力な外見をした女性だった。身長は優に180cmを超え、体重はその身長の2倍ほどありそうなムチムチとした体つき。彼女はボンテージで必要最小限の部分だけを隠しているだけだった。勘弁してくれ。日本のお笑い芸人か。日本なら即、逮捕もんだわ。


 名前は不明だが、目の前で鎖を握る大柄な女性は、俺からすれば超巨大なハムとしか見えない。哀れなメルと呼ばれる少女は、そのビッグハムに叱られ、フードで全身が覆われていても震えが伝わるほど、怯えている。


 また、ビッグハムを()()()馬車を二頭の馬が懸命引いている。馬たちはとても苦しそうだ。見ているだけで心が痛む。


 心配なのは、土下座を続けている細身の女性、メルだ。彼女は馬車に乗せてもらえず、歩いているようだ。


 そんなメルと呼ばれる女性を放っておけず、俺は「大丈夫だよ、僕は平気だから。さあ、立ち上がって。メルさんっていうんだよね?メルさん、顔を上げて下さい」とできるだけ優しい声をかけた。


 メルさんは俺の言葉に驚いたのか、フードに覆われた体を震わせ、俺の方へ首を向けようとしたが...。次の瞬間、何かを思い出したかのように再び顔を地面に向けた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな俺たちの間に関係のない者が、また割り込んできた。そう、ビッグハムだ。


「まあ!なんて心優しい殿方なのでしょう!でも旦那様!この者は奴隷です!『さん』付けなどおこがましい。それに旦那様!ご心配なく。あなた様のような気高い方にぶつかったゴミの方が悪いのですから」と、ビッグハムが話に入り込んできた。


 馬車から降りたビッグハムは、フードをかぶったメルさんに向かって「このゴミが!!旦那様にご迷惑をおかけして!!私に恥をかかせるんじゃないよ!!」と言いながら、短い足でメルさんに蹴をくらわせた。


 ドス!ドス!ドス!


 よく...とどいたな。


「う!う、う、う...」


 目の前のメルは辛そうな声をあげても、理不尽に蹴られていることに反論しようとはしなかった。そして、ビッグハムは気になることを言っていた。メルさんに対して「奴隷」とか。


「ちょ、ちょっと僕が悪いのだから。どうかメルさん、いやメルを許してやって下さい!」と、俺は必死になってビッグハムに訴えた。


 ビッグハムは驚いたように目を見開き、こちらを見つめている。だが、相変わらずメルをける脚は止めない。


 どれだけ器用なんだよ...。


 そしてビッグハムは「まあ!なんてお優しいお方なのかしら♡凛々(リリ)しくもあり、お優しさも兼ね備えていらっしゃるとは!『メル』などおこがましい!『ゴミムシ』とお呼び下さい!それに...あなた様の思いやりある心遣いに、私もあなたに惚れてしまいそうです♡」


 ビッグハムは鼻息をさらに荒くしながら、横たわっているメルに激しい蹴りを加えた。


 人に対して「惚れてしまいます」と言いながら、無抵抗な人に蹴りを加えるなよ...。


 あまりに激しくビッグハムが蹴るものだから、横たわるメルのフードがメクれてしまった。


「あ、ああ!フードが...!」


 メルは、あわててフードを被ろうとした時、俺と偶然に目が合った。


「「え!」」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺らは時間を忘れるほど互いに見つめ合った。本当に可愛い!彼女の髪はショートカットで、目は二重で瞳がとても大きく、まつ毛が長い。鼻筋は通っており、桜色の唇がふっくらとしている。マジで美人だ。


 だが...メルの顔や髪の毛は一目見ても分かるほど汚れていた。髪も顔も泥だらけで、顔を拭くことすら許されていない様だ。


 それでも、その汚れをもってしても、彼女の美しさは隠しきれないほどだった。


 マジで可愛い!!


 地球なら、そんじょそこらのアイドル何て目じゃないよ!!


 それにしても...ビッグハムって何なの?こんな綺麗な子を蹴り上げるなんて!このメルが奴隷?悪いことをしたのだろうか?罪人なのだろうか?


 首には重そうな首輪がはめ込まれており、鎖のリードがビッグハムの手まで伸びている。


 ただ俺は、メルのあまりの美しさにただ見惚れていた。すると、メルも同じような表情で俺を見つめ返している...気がした。だが...。


 

 「グエ!!」



 だが突然、目の前のメルが汚らしい声をあげた。メルがつけている首輪につながるリードを、ビッグハムが引っ張った様だ。


「大丈夫ですか、旦那様?目が腐ったりしていませんか?調子にのるなよ、メル!素敵な旦那様の顔を脳裏に焼き付けて、何をしようとしているんだい?お前みたいな不細工は、一人で慰めるしかないからねぇ!」と聴衆の前でメルを罵倒した。


 すると、周りで俺たちの様子を伺っていた村人たちは、ビッグハムに向かって一斉に「早くその汚い『ゴミムシ』を片付けなよ、奴隷商人!ご飯が不味くなるだろ!」や「そうだ、そうだ!」と喚き出した。


 辺りから奴隷商人に対して文句を言う村人たち。特に女性陣から大きな声でヤジが飛ぶ。


 メルは何も言わずに急いでフードを頭からかぶり直し、ブルブルと震えている。


 何なんだ?この光景は?俺の顔やスタイルが良くて、目の前のメルがまさか不細工なのか?じゃあ目の前のビッグハムは絶世の美女?


 う、嘘だろ...?

読んでいただき、ありがとうございます。


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