第2話 三体のお地蔵様
お地蔵様たちの周囲は、今もなおぼんやりとした優しい光に包まれている。その光は、穏やかな海の波のように心を和ませる。
そして突然、その光の中から声が聞こえてきた。俺に向かって話しかけてきたのだ。
「心優しき少年よ。我々が探していた者であろう。奥の扉を開け、不遇な扱いを受け苦しんでいる者たちを救って欲しい。その扉の先は異世界じゃ。気をつけるのじゃぞ...」
「其方が異世界で、力を発揮しやすくするために三巻の巻物を用意した。其方に力を授けよう!」
「巻物を開くとき、強大な力が手に入るだろう。その力を使って、ナイメール星で苦境に立たされている者達を、一人でも多く助けてやるのじゃぞ」
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お地蔵様たちの話が終わると、不思議な光が消えてしまい、俺がいくら話しかけても反応はなかった。仕方なく、頂いた巻物を開いてみることにした。
巻物には「言語能力」と「鑑定(ON/OFF)機能付き」が記されており、最後の巻物には「能力100万倍」との記載がある。この言語能力は、仲間にも分け与えることが可能なようだ。
驚くべきことに、巻物に記された文字が空中を舞い、俺の体内に吸い込まれた。そして俺の側には、何も記されていない巻物が三巻残されていた。
ど、どう言う事だ?
驚いていても状況は変わらない。だから、お地蔵様たちの言葉に従い、ゆっくりと扉を開けてみることにした。
するとそこは、先ほどの洞窟と同じような空間が広がっていた。空気も同じくひんやりとしていた。一体全体、これは何なのだろう?この山の別の出口に繋がっているのか?それともまた同じ場所に戻ってしまったのだろうか?
う~ん、訳が分からないなぁ...。
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ほっとしたのか、がっかりしたのか、複雑な感情に包まれていると、背後から異様な気配を感じ取った。
本当にそれは直観的なものだった。不穏なざわめきを感じ取り、斜め後ろを振り向いたら、自分よりも一回り小さい何かが木の棒を振り下ろそうとしているのが見えた。
「おわ!」と反射的に出た大声に、驚いた茶色い子供の様な汚らしい者は、一瞬怯んで動きが止めた。その一瞬の隙を突いて、俺はその振り下ろす力を利用して、背負い投げをくらわした。
俺はなめられない様に、十年間柔道で体を鍛えたんだ。外見で判断するなよ。
うちの裏山におかしなYouTuberでも入って来たのか?そう思って、スマホから警察に電話を試みたが、つながらなかった。
しょうが無く地面に投げつけた相手をよく見てみると、驚いた。どう見ても人間じゃない。鼻が尖っており、眼が異様にデカい。体臭と口臭が異常にきつく、気持ちが悪くなる。しかも洋服は汚れたぼろ切れしか身にまとっていない。
「そ、それにここは何処なんだ?本当に裏山なのか?」俺は驚き、独り言を呟いた。 すると、俺の呟きに答えるかの様に、声が聞こえた。
「鑑定結果。ナイメール星、ケインズ村の外れ」
どうやら俺の「ここは何処だ?」の声に、「鑑定」が勝手に反応した様だ。
超便利な機能だな。
この「鑑定」能力を使ってみると、様々な物についての情報を得ることができた。
例えば、この草は「ファイアリーフ」と呼ばれ、赤く燃えるような葉を持つ野草で、食べると辛い味がする。また、「スターベリー」という星型の実をつける野草もあり、その実は甘くて食べられるようだ。
また面白半分で、異世界と地球をつなぐ扉を鑑定してみたところ、なんと取り外しが可能であった。
つまり、扉さえ持って帰れば、自分の部屋からこの異世界の洞窟に来ることも出来る様だ。すごく便利。でもお地蔵様には、なかなか会えなくなるのかな?寂しいな。
あと横たわっている人?を鑑定してみた。鑑定結果はゴブリンと出た。
「ゴ、ゴブリン...」
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本当に小説の様な世界に来てしまったのか?呆然と足元のゴブリンを眺めていると、突然ゴブリンが霧状になり、黒い球体を残して消えてしまった。
「き、消えた?」
「落ちつくのじゃ、少年よ。地球と異世界側の洞窟に結界をはった影響で、ゴブリンが消滅したのじゃ。これで二つの洞窟は其方と仲間たち以外入ることも認識することもできない。安心して使うがよい。我々は少し休む。またいつの日か会おうぞ、少年」
色々とありがとう。お地蔵様たち。
ただ、何だかんだしていたら、洞窟の外はもう真っ暗だった。
知らない土地で、暗闇をうろつくのは危険すぎる。それに火もない。
今、無茶をして洞窟の外に出たところで、たいした武器も持っていない。村までの行き方も分からない。つまり危険極まりないってことだ。準備をしっかりして、もう一度来ることにしよう。
はやる気持ちを抑えて、いつもうろついている裏山側の洞窟に戻ってきた。この世界もまた真っ暗だった。
時間の流れはほぼ同じ...のようだな。
もうテントを張るのが面倒になったので、キャンプ用具を洞窟まで運び、そこで眠ることに決めた。おやつに買ったどら焼きを三体の地蔵に供えたら、なんとなく喜んでいるように見えたが、それは俺だけだろうか?
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結局、次の日も、異世界への扉を開けることはなかった。村まで行く準備が全然できていないからだ。準備を怠ると、怪我をしたり最悪の場合は命を落とすことになる。そんなことになったら、元も子もないからね。
ちゃんと準備を整えてから、ケインズ村に向かうことに決めた。四月からは東京の大学に通うことになっているが、引っ越しの準備もまだ全く手つかずだ。やらなければならないことが山のようにある...。
ため息をつきながら、智也はやるべきことの多さに圧倒されていた。