2話
戦場で命を救ってくれた村人に付いて行き、彼の村に到着した。
彼の存在を目に入れた村人達はたちまちに彼を取り囲んだ。私は邪魔にならないように一歩下がってその様子を眺めていた。
口々から「帰ってきた」「良かった」という言葉が溢れる。数人は私のほうに訝しげな視線を投げかけてくる。
その人の輪の後ろから一人の婦人が神妙な顔つきのまま輪に混ざる。彼女に気が付いた人の輪は彼女に道を譲った。
彼の前まで来た時、彼は懐から大事そうにネックレスを取り出し彼女に手渡した。
「すまない。あれだけあいつを生きて連れ帰ると豪語しておきながら、」
彼の言葉を聞いて婦人はそのネックレスを両手で抱え、うつむきながら答えた。
「・・・旦那の最後のわがままに付き合ってくださり、ありがとうございます」
婦人はそれだけ言うと踵を返し、「一人になりたいので」と呟いて人の輪から出ていき家の中へ入って行ってしまった。
あの婦人の旦那が彼の言っていた彼の友人なのだろう。
彼らにとっては敵である自分は、居心地の悪さを感じつつ気が付かれないように平然を装った。
婦人が扉の向こうに消えた後に、話題は私の事になった。
「それで、こっちの少年は」
1人の質問に彼は答えた。
「戦場で見つけた生き残りだ。故郷までは遠いらしいから取り敢えず村に連れてきた。彼とついでに俺も医者に診てもらいたいから誰か呼んできてくれないか」
内容は正しいが重要な情報が抜け落ちたまま彼は口にした。彼の優しさを感じつつ彼の紹介に対して会釈で答えた。
「さあ、こっちだ」
彼の掛け声のもと彼に付いて行き、一軒の家に入る。
彼の妻と思われる女性が驚きながらも喜び、彼に抱き着く。
彼はそれを手で制しながら私の方を向いた。
「紹介しよう、私の妻のキャサリンだ。こちらはヴァージル君。
俺以上に重症みたいでね。すまないが彼の為にベッドを使わせてもらってもいいかな」
「もちろんよ。さあこっちに来て」
彼女に促されるままに質素なベッドに横たわる。
やっと一息付けた。その安堵から今まで意識に上がって来ていなかった激しい痛みが全身から伝わってくる。
しばらく痛みに悶えていると大きな鞄をもった老人がやってきた。
「こりゃあ大盛況だ」
入るなり一声あげる老人に彼が話しかけた。
「爺さん、まずはあっちの少年の方を診てくれないか。多分俺より重症だ」
その声を聴いて老人は私の方に歩いてきて、私の全身を触診していく。
「よくまあここまで歩いてこれたものだ。わしじゃあとっくにくたばってたな。流石は若さだな」
独り言のように喋りながら何かの軟膏を私の全身に塗り、そこを包帯で巻いていく。
「ただの痛み止めの応急処置しかしてやれん。ちゃんと治すには薬も機材も何にも無いからな」
私の処置が終わると老人は彼の方に向く。
「ほれ。次はあんたの番だ。大丈夫そうな顔をしてもわかるぞ。どうせあんたの事だからまたやせ我慢をしてるだろ」
「少年の前だからもう少し格好いいふりをしたい所だが、流石に限界さ」
それだけ言葉を交わすと老人は彼の触診を始める。
「あんたもあんたでよくこの傷で村まで歩けたものだ」
「体力ぐらいしか取り柄が無いもんでね」
彼にも同じように軟膏が塗られ、その上を包帯で巻かれていく。
処置が終わると彼が口を開く。
「それで、偉大なるお医者サマにお聞きたいんだが、彼の状況はどんな感じだ。数日でも休めば歩いて故郷に帰れそうか」
「馬鹿言うな。こんな応急処置をしただけの少年に歩かせたら村の入り口にまでもたどり着くどうか。どうしても故郷に戻りたかったら馬車でも用意する事だな」
「そうか、まあ生きているだけましと思うべきか」
「そうだな。まあこれ以上わしの目の前で若い命が消えていくのは見たくないからな。間違っても無理はさせるんじゃないぞ」
「そりゃあわかってるって。・・・しかし、あの子が亡くなったのは爺さんのせいじゃないだろ」
「結果としてはあのペテン師の効きもしない薬のせいだが、その手前でわしがちゃんと治す事が出来ていれば、親子そろってこんな事にはならなかったはずなんだがな」
「はたから見ていた俺には爺さんは十分に治療しようと頑張っていてくれたと思ったけど」
「意気込みだけ有っても結果が付いてこなけりゃ意味が無いだろう」
「そう言われてしまうと、何も言い返せないな」
「救えないにしろもう少しあの父親を説得出来ていれば、少しは・・・まあただのタラレバだ。
とにかく、その少年は動き回らんようにベッドにでも縛っておけ」
そう言い切ると老人は持ってきた道具を鞄に詰め込んで帰っていった。彼の妻は医者の見送りに一緒に出て行った。
私と彼だけがその場に残された。
「まあ、そういう事らしいからあの爺さんの許可が下りるまでは、そこでじっとしておいた方が君の為だ」
「はあ。・・・あの、さっきの話って」
話を聞いてしまった以上、聞かずにはいられない。
「あ、ああ。そう俺の友人とその息子の事。あの医者の爺さんもその事で結構思うところがあるみたいだな。
まあ腕は良いはずだ。そのお医者サマが動くなって言ってるんだから、君はそこで療養してなさい」
「わかりました」
その後塗り付けた軟膏の効果が出てきたのか、全身が若干楽になった。
食事も頂き、ベッドで横になっているうちに意識が飛んでいた。
物音で目が覚める。窓の外は既に闇に包まれている。
自分がいるベッドからやや遠くに置かれているダイニングテーブル。
そこで最低限の明かりで酒を酌み交わす男たち。
話を聞いている限り、彼の友人達が見舞いに酒を持って訪れたようだ。
彼も彼の友人達も既に顔が赤くなっているのがかすかな明かりのもとでも良くわかる。
「で、あそこで寝ている少年はどこの村の子なんだ」
友人の一人が話のネタを求めて彼に聞いた。
「その事なんだがな、・・・一つ内緒話をしよう」
「ほう」
「あの少年は敵軍の子供だ。しかも貴族のご子息サマだ」
驚きや息を吞む音が響く。一人がため息交じりに応える。
「・・・また相当物騒な奴を連れ帰ったな」
「まあうちらの国王軍が侵略者を撃退していればそうなったかも知れないが、結果は知っての通り国王軍は散り散りに逃げまどっているんだろう」
「まあそうだな。首都も陥落して侵略軍が大手を振って歩いているらしい」
「だから、あの少年を生きたまま侵略軍に差し出して、幾分かでも褒美を頂戴しようと考えている」
「だが、そんな事が向こうの村の連中にばれたら大事だぞ」
「あいつらは十分に「収穫」出来ただろうさ。あの少年のもともと着ていた装飾入りの服も戦場に捨ててきたしな」
「なるほど。で、どうしてそれを俺たちに話したんだ」
「見ての通り俺も負傷していてね。少年ほどでは無いにしても歩くのが大変なんだ。だから一人では事は進められないし、かと言って少年の素性を言いふらしてしまえば少年に良い顔をしない者も居るだろう」
「・・・」
「それにこうやって仲間内には話しておけば、この中の誰かが抜け駆けする事も防げるだろう」
彼が悪そうな顔で笑う。
「後は分け前だな。いつも通り山分けか」
「それについては少し考えがある。貰える褒美の量にもよるが半分ぐらいをイザベラにあげようかと思ってる。残りを山分けだな」
その提案を友人たちは若干神妙な面持ちで受け入れる。
「・・・まあ、一番苦労した本人がそう言うんならそれがいいんじゃないか」
1人の考えに他の友人達も頷く。
「では、改めて一人で先に旅立ったあいつに」
友人の1人がそう宣言して杯を掲げると他もそれに続いた。
彼は自分が利他的ではなく利己的だと言っていた。しかしその言葉とは裏腹に行動には優しさが溢れていた。
私は物音を立てない様に再度眠りに付く事にした。
次の日に彼の友人に袖を引っ張られるように1人の人物が彼の家に入って来た。
服装からすぐにわかる。司祭だろう。
しかし、どうして司祭なんかを呼び出したのだろう。
彼と司祭は向き合って話始めた。
「司祭様に頼み事があるのですが、その前に一つ約束をしてくれませんか」
「どのような約束でしょうか」
「今からお話する内容を胸の内に閉まっておいて欲しいんです。俺の仲間には緘口令を敷いたうえで喋ったのですが、それを司祭様にもお願いしたいのです」
「普段のあなたの行動を見ていれば、それが決して自分の為だけという事は無いでしょう。わかりましたそこは信頼してもらって大丈夫です」
「ありがとうございます。それでお願いしたい内容はここで寝ている少年についてなんですけど」
そう前置きした後、彼はざっくりと私に対しての知りえている情報と出会ったきっかけを司祭に話す。
「その上で、あの少年の事を首都にいる彼らの軍に伝える為の手紙を、一通ほど代筆をお願いしたいのです」
「なるほど。だから私に話が回ってきたわけですね」
「ええ。俺の仲間には文字は読める奴は居ても綺麗に書くなんて事できる奴は居ないもので」
「わかりました。では早速取り掛かりましょう」
二人は手紙の内容を推敲し、出来上がった文章を司祭が持参した程よく高級そうな紙に書き記していった。
私が生きている事。しかし、重傷を負って動けない事。その為に馬車を手配してほしい事。
それらを司祭が達筆で書き上げる。
彼はその出来を確認した後にこちらに渡してくる。
「確認と後は、本人の直筆の文章でも入れておけば信憑性が増すんじゃないか」
先に書かれている文章には特に文句の付けようも無い。
司祭から筆記用具を借りて、国王を礼賛する一言と共に自らの救援を求める文を書き足す。
しかし全身からの痛みは筆を持つ手を小刻みに振るわせるため、出来上がった文字はとてもじゃないが自分の書いた文字とは思えない酷い出来になってしまった。だからと言って書き直した所で痛みが引くわけでも無い為、諦めてそれで手を打って彼に手紙を返す。
彼はざっと確認して、笑顔で顔を上げる。
「よし。後はこれを届けてもらえば、君はやっと故郷に帰れる手筈が付くわけだ」
「何だか嬉しそうですね」
「そりゃあな、君が帰路に付けばやっと自分のベッドで寝れる」
やり取りを聞いていた司祭は苦笑を浮かべるだけで特に言葉は挟まなかった。
しかし事はそう簡単に進まなかった。
数日後に戻ってきた返信に記されていたのは、半信半疑をそのまま文字にしたような内容だった。
曰く、該当のご子息が戦場で生死不明となっている事は事実である。その衣類が闇市で取引されている事も確認しているが、その遺体が見つかっていないのも確かである。
もしそちらの言い分が正しく貴方がご子息であるとするならば、それが証明できる文章を再度送ってほしい、との事。
それを読んだ彼は、落胆することなく笑顔で感想を述べた。
「まあ、最初の一通目から上手くいくとは思ってなかったさ。この文章を読む限り向こうもただ突き返すだけというわけでもなさそうだ。
そんなわけだから、君にはもう一度文章を書いてもらいたい」
特に断る理由もないから、再度司祭から紙を譲り受けて彼から筆記用具を借り、手紙をしたためる事にした。
前回のような簡単な一文だけではなく、国や国王の事、家の事情や細部など自分でしか知りえないであろう情報を大いに書き込んだ。
そして、現在いる村の村人の厚意で、村で出来る範囲での処置をしてもらっている事と現在の症状、そして迎えに馬車が欲しい事を書く。
前回と違い自分事の部分が大半を占めており、少し気恥ずかしくなって自分で確認してそのまま封筒にしまい、彼に渡した。
彼はその中身をあらためて見るわけでもなくそのまま封をした。
動けない彼に代わり、彼の友人にその手紙は渡され送られる事になる。
数日後には迎えが来るだろう。
当然、故郷に帰れる嬉しさは有る。半面、これまで優しくしてくれた彼との別れに若干の寂しさも感じた。