計画の始まり
息子には『デニール』という名前を付けた。
デニールが産まれて、数か月が経過し、大分落ち着いてきたある日。リチャード様と共に父に呼び出された私は、父からあの計画について聞かされた。
「――というわけだ。ゆえにお前には、ライル子爵家長男の子と、サイクス伯爵家長男の子も産んでもらう事になった。よろしく頼む」
(うわ……くそみたいな事を平気で言いやがった。しかも、サイクス伯爵家には養子を出すんじゃなかったの??)
「あの……意味がよくわからないのですが……そもそもなんでそんな話になっているのですか?」
「うむ。実は、先日来訪されたサイクス伯爵とライル子爵がデニールを見てえらく感心されてな。ぜひともお前に跡取りを産んで欲しいと頼んできたのだ。お前も貴族の娘なのだから、頑張るように」
何が『貴族の娘なのだから』だ。事前にリチャード様から聞いていたが、それでもやはり意味が分からない。とはいえ、このクズに文句を言っても意味がないだろう。私とリチャード様は怪しまれない程度に反論した後、渋々了承したふりをして、父の部屋を後にした。
「リチャード様。サイクス伯爵家長男って……」
「ワンダ兄上だね。優秀だけど、自尊心が強くてプライドの固まりのような男だ。ライル子爵家の話を聞いて、ならば自分も、って思ったのかもね。義姉上も、そんなワンダ兄上に合わせて大人しい女性を選んだって聞いてるから、文句も言えないんだろうね」
「うわぁ……最悪ね」
「うん。最悪の兄上だ」
最悪が1人増えてしまったが、まぁ、仕方がない。1人目の時に色々言われてしまうかもしれないが、1人目は運が悪かったのだと言い張って誤魔化すとしよう。
色々と準備を済ませ、翌日から私はサイクス伯爵家に泊まる事になった。
詳しく話したくないので割愛するが、1年後に、元気な男の子が産まれた。意外にもワンダよりは魔力保有量の多い子が産まれてくれたので、怪しまれる事もなく、ライル子爵家へ向かう。
ライル子爵家につくと、義妹のリーンとその夫のガジルが出迎えてくれる。
「レイラお姉様! よろしくお願いしますね!」
「せいぜい可愛がってやるからな。夜が楽しみだぜ」
そんな二人の様子から、最後に残っていた私の良心は、完全に消え去る。
そして1年後。元気な男の子が産まれた。とても可愛らしい子ではあったものの、魔力保有量はとんでもなく低い子だった。これに激怒したのが、ライル子爵だ。子供が産まれた翌日に、話が違うと父に詰め寄った。
「どういうことですか! カミーラ子爵! あの娘は魔力保有量の多い子を産めると聞いて大金を出したのに話が違うではないですか!!」
「お、おち、落ち着いて下さい、ライル子爵。いかんせん子供は授かりもの。男児が生まれるよう細工はしましたが、確実に魔力保有量の多い子が産まれるとは限らないのです」
そう。結婚前のあの日、私を睡眠薬で眠らせたのは、『必ず男の子が産まれるように細工をするため』だったのだ。このことを調べてくれたリチャード様は『どこまでもクズだな』と吐き捨ててくださったのだが、そんなリチャード様に不覚にもときめいてしまった事は、私だけの秘密パート2だ。
「しかしそれでは、契約不履行です。レイラ嬢には、再度ガジルの子を産んで頂く。よろしいですな?」
「むぅぅ……仕方ありませんな」
『いやいやいや。仕方ないじゃないでしょ。何勝手に決めてるのよ!』と、文句を言いたかったが、当主である父に対して、入り婿であるリチャード様と娘である私は、反論する事が出来ない。
「では、そういう事で。レイラ嬢。またよろしく頼むぞ」
「………………あ、はい!」
とっさに返事をし損ねてしまったが、まぁ大丈夫だろう。
その日から1年後。またしても、とても可愛い元気な男の子が産まれた。当然、またしても、魔力保有量は少なく、ライル子爵は私を連れて父のもとに怒鳴り込む。
「どういうことですか!!! またしても魔力保有量の少ない子が産まれましたよ!!」
「い、いや……その……ですから、確実ではなくてですね……」
父はしどろもどろになりながら言い訳を繰り返した。
(さて、今回はどうするのかしら。違約金を払って契約不履行とするなら、まだ救いはあるのだけど……)
「こうなったらレイラ嬢には、魔力保有量の多い子が産まれるまで、我が家で子供を産んで頂きます!」
「ぐぅぅ……承知した。バンミラ男爵は、もう1年待つように伝えておく。出来るだけ早く頼みますぞ」
後で知った話なのだが、どうやらライル子爵の次は、バンミラ男爵に私を貸し出すつもりだったようだ。本当に私の事を、魔力保有量の多い子を産みだす道具だと思っているらしい。
それはさておき、父は最悪の選択をしてしまった。ここが、最後の救いの道だったのに。
「では、レイラ嬢。行きますぞ」
「レイラ。今度こそ頼むぞ」
「……ぃ……ゃ……はい。承知しました」
(おっと……危ない危ない。時間が経って、縛りが弱くなっていたみたい)
幸いライル子爵も父も、気付かなかったようだ。2人共、私の事など道具としか思っていないのだろう。
私は再度魔法をかけなおし、ライル子爵と共に、屋敷に向かった。