始まり
n番煎じの義母と異母妹物チャレンジしてみました。
屋敷の離れで、私の手からお母様の手が力なく滑り落ちる。
「――14時52分。ご臨終です」
「いやぁ!! お母様! お母様ぁぁああ!!」
その日、お母様が亡くなった。昨日から体調が悪化し、今日が山場だとお医者様は言っていたが、山場を越える事は出来なかった。
「うぅ……お母様…………お父様は? お父様はどこに??」
お母様は、死ぬ間際まで、お父様に会いたがっていた。あんな父でも、お母様にとって大事な人だったのだろう。せめて、一目会わせてあげたかったのだが……。
「旦那様は外出されております。本日は、お戻りになられないかと……」
「――――っ!!」
執事の言葉に、私は絶望する。もともと、お父様はお母様にほとんど興味が無かった。けどこれはあんまりだ。
やはり、お父様にとって、お母様は邪魔な存在だったのかもしれない。というのも、お父様とお母様は魔充結婚という結婚をされたらしい。魔充結婚とは、魔力が弱まった貴族が、魔力の強い者と結婚し、魔力を補充する結婚を指す。
カミーラ子爵家の当主であるお父様は、代々弱まりつつある魔力を補充するために平民ではあったものの、魔力が高かったお母様と魔充結婚されたそうだ。その結果産まれた私は、子爵家としてはあり得ないくらい高い魔力を持っていたが、私もお母様も、お父様から愛されることはなかった。それでも、私は、政略の道具として使うためにそれなりに大事にされてきたのだが、お母様は陰でお父様から『もう用はないから早く死ね』と言われているのを、私は知っている。
お父様の冷たい言葉のせいか、もしくは、元平民であるお母様にとって、そもそも子爵家での生活は気の休まらない物だったのか、お母様は日に日にやせ細っていき、そして今日、若くして息を引き取ってしまった。
「こんな時に……こんな時ですら……お父様は……」
結局、お父様が帰って来たのは、お母様が亡くなった翌日の夜だった。
「――ん? ああ、ようやく死んだか」
「――っ!」
帰って来たお父様に、お母様が亡くなった事を伝えた所、返って来た言葉がこれである。これでは、まるでお母様が亡くなるのを待っていたみたいではないか。
あまりの物言いに文句を言いたかったが、抑えきれない怒りのせいで、上手く言葉が出てこない。
そんな私を尻目に、お父様は信じられない事を言う。
「死んだならちょうどいい。ようやくシャルレーン達を屋敷に呼べる」
「………………え?」
「ん? ああ、言っていなかったが、シャルレーンはわしの本当の妻だ。お前より少し下の娘もいるから仲良くするんだぞ」
私は、しばらくお父様の言葉を理解する事が出来なかった。
(本当の妻? 娘?? え? え?? いったいどういう事??)
私がその言葉の意味を理解できたのは翌日だ。
翌日の朝早く。屋敷に女性とその娘と思われる人物がやってきた。
「シャルレーン!」
「ダニエル!」
お父様はその女性を抱きしめて口づけを交わす。
「ようやく……ようやくお前達を屋敷に呼べた! これからはずっと一緒だ!」
「嬉しいわ! ああ、ようやくこの時が来たのね!」
「長い事待たせてすまない。リーンもすまなかったな」
「大丈夫です、お父様! これからはずっと一緒なんでしょ? なら大丈夫です!」
「ああ。これからはずっと一緒さ」
そう言ってお父様は、娘の頭を撫でた。お母様どころか私にすら向けた事のない、愛しそうな視線を向けて。
「ああ、紹介しよう。レイラ。こちらは私の本当の妻、シャルレーンと娘のリーンだ。お前にとっても義母と義妹になる。仲良くするんだぞ」
「シャルレーンよ。よろしくね。レイラちゃん」
「よろしくお願いします! レイラお姉様!」
この時、私がなんて答えたか覚えていない。必死で笑顔を取り繕った気がするのだが、記憶があいまいだ。
その後、分かったのは、シャルレーンがお父様の幼馴染であり、隣接する男爵家の娘であるという事。シャルレーンの魔力保有量は、お父様と比べれば多かったものの、それでも、カミーラ子爵家の正妻になれるほどではなかったという事。ゆえに、一旦お母様を正妻として迎え入れ、子をなした後、お母様が亡くなり次第、シャルレーンがお父様の後妻となる密約がお父様と男爵家の間で交わされていたという事。そして、私とリーンの産まれが2ヶ月しか変わらないという事だ。
(お父様はお母様のお身体が弱く、長生き出来ない事を知っていたんだ。知ったうえで、魔力保有量の多い子を産むために、お母様と……つまり、お父様のにとってお母様は『妻』じゃなくて、あのシャルレーンとかいう女が『本当の妻』で、リーンが『本当の娘』なんだ……)
そう理解した瞬間、私は目の前が真っ暗になった。
「――イラ! レイラ!」
「レイラちゃん!」
「お姉様!」
私を呼ぶ声で目を覚ますと、心配そうに私を覗き込む6つの瞳が見えた。
「……お父様??」
「あぁ、レイラ。良かった。無事だったんだな?」
「レイラちゃん、大丈夫? 痛い所はない?」
「お姉様! もう大丈夫なんですか!?」
私が目を覚ましたことに気付いた3人が、心配そうに声をかけてくれる。その様子はとても演技とは思えない。
(どういう事??)
お父様にとって、私は『本当の娘』ではないはず。シャルレーンやリーンにとっては、他人に等しい。少なくともこんな風に心配してもらえる間柄ではないはずだ。
「え、ええ。すみません。疲れがたまっていたみたいで……」
「そうか……大事な体なんだ。無理せずゆっくり休みなさい」
「そうね。食欲はある? それとも、もう寝る? どっちでも大丈夫なようにメイドに準備させてあるから、遠慮なく言って」
「私、厨房に言ってレモネード作ってもらってくる!」
しかし、どう見ても3人は心から安堵しているようであり、本気で私の身を案じてくれているように感じる。私はますます混乱してしまった。
その後も3人は私が体調を崩すたびに、異様なほど心配してきた。普段も、特に嫌がらせなどをする事はなく、普通の家族のように接してくる。流石に私の方は普通の家族のように接する事は出来ず、よそよそしい態度になってしまうのだが、そんなことお構いなしと言った感じだ。
そんなある日、父に呼び出されて執務室に向かった。
「婚約者、ですか?」
「そうだ。相手は、リチャード=サイクス。サイクス伯爵家の次男だ」
このころになると、父やシャルレーン達のよくわからない態度にも慣れてきた私だが、久しぶりに混乱してしまう。
というのも、伯爵家次男の婚約者というのは、私にとって最高と言ってもいい婚約相手だからだ。
(次男って事は、我が家に婿入りするって事よね? てっきり私を追い出すために、どこかに嫁入りさせられると思っていたのに……)
「ちなみにまだ確定ではないが、サイクス伯爵領の隣のライル子爵家長男のガジルの所にリーンを嫁入りさせる予定だ。これにより、3家は密接な関係となり、より一層発展して行く事が期待される。頼んだぞ」
リーンの方が良い嫁ぎ先かというと、そういうわけでもないらしい。同じ子爵家ならば、父とシャルレーンがいるこの家に、リーンを残すだろう。
(本当に何を考えているの? さっぱりわからない……)
サイクス伯爵家の次男だというリチャード様が、とんでもない男だという可能性も無きにしもあらずだが、父もシャルレーンもこの家に住むのだ。そんな変な男を婿に入れるとは考えにくい。
その後、顔合わせでお会いしたリチャード様は父が私に用意したとは思えないほどの好青年だった。
疑心暗鬼になっている私を優しくエスコートして下さり、緊張している私の為に、色々と気を使ってくださるリチャード様。私が甘いものが好きだというと、家の人に頼んで大きなケーキを用意して下さったし、魔導書を読んだことが無いというと、伯爵家の魔導書を読ませてくださった。おかげで、リラックスできたし、色々強力な魔法を身に付ける事が出来た。
(なんでこんないい人が私の婚約者に??? 土壇場で、私とリーンを入れ替えるつもりなのかしら?)
何かで読んだ恋愛小説にそんな展開があった。父もそのつもりなのかもしれない。
そんな事を考えていたのだが、父の……父達の思惑は、私が想像した以上に最悪の物だった。