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1日目 夜

王太子の名など平民が気安く呼べるものではないはず。

そしてその顔まで見知っている。

一体リーサは兄にどんな役割を与えられて、ここにいるのだろう。

サラディナーサは青ざめた顔で詰問した。

「王太子とどういう関係だ?」


リーサは目を丸くし、それからぽぽぽぽと頬を赤らめた。

焦ったように頬を押さえる。

「関係って!」

(これは…っ!)

サラディナーサはその表情だけで事情を悟った。

「まさか、リーサ。あの兄を…、なんてことだ」

リーサの顔はどう見ても恋する乙女だ。

貴婦人の棟で数多の恋愛話を聞いてきたサラディナーサが間違えるはずがない。

つまりリーサは恋する王太子の役に立ちたい一心で、この拉致監禁を手伝いに来たのだと、サラディナーサは察した。


ひどいめまいを覚えて、頭を押さえる。

そしてひとりぽつんと立っているヴァンを見た。

「お前があのケダモノと妹を引き会わせたのか?」

「ちょっとケダモノって!」

リーサが声を上げる。

「なんて最低な兄なんだ。あのケダモノが妹を誑すのを許したのか」

「いやあ、別にレアンドーレ様は誑かした訳じゃあないと思うけど…」

ヴァンはもぞもぞと反論した。

「だったら、どうしてリーサがあんなケダモノに懸想するんだ!?」

「ケダモノ、ケダモノ言わないで!誑かすとか、レアンドーレ様はそんな人じゃないよ!」

リーサが叫ぶ。


「誑かされている者は皆、そう言う。そして目が冷めた時には全てがぼろぼろに壊されているんだ」

貴婦人の棟ではいくらでもそのような話が転がっている。

女は恋という魔法にかけられると、欠点だらけのろくでもない男がどこまでも素晴らしく見えてしまうのだという。

「わかるだろう、リーサ?兄は妹である私をこんな風に拉致して閉じ込めるような非道な者だ。リーサもあれと関っていたら、いつかひどい目に合う日が来る。今のうち目を冷まして家に帰ることを勧める」

実例を示して説得を試みる。

けれどきっと言っても無駄なのだ。

恋の魔法は他者の言葉では解けないもの。それこそ全てを失うまで。


リーサはうつむいて、何事か考える様子を見せた。

それから顔を上げてにっこり笑った。

「私の為に言ってくれてるんだよね。うん、王女様が言いたいことわかるよ」

「では」

「でも帰りたくないなー。わたしもっと王女様のお話聞いてみたいし。王女様とお話する機会なんて、もう絶対ないでしょ。駄目かな?」

手を組み合わせて首を傾げるリーサに、それが手管とわかっていても胸がキュンとしてしまったサラディナーサだ。

(この娘、やるな…)

「それにお兄ちゃんがいればそんな大変なことにならないかなって思うんだ」

「…お前にとって、兄は信頼できる者か?」

「そりゃあね、お兄ちゃんだもん」

「そうか」

サラディナーサはため息をついた。

これはもう、どうにも帰すことはできそうにない。


実際問題、サラディナーサにとってリーサがここにいることは決して悪いことではないのだ。

妹がいる前で、ヴァンがサラディナーサを襲う事は流石にしないだろう。

それにここの場所の情報なんかをリーサから得ることもできるかもしれない。


サラディナーサが渋々、リーサがここにいることを認めると、リーサは晴れやかな笑顔を見せた。

そして「ねえ、王女様って普段どんな暮らしをしてるの?」と、質問を浴びせてきた。

その遠慮のなさに面食らいながらも、別に隠す理由もないので、聞かれることひとつひとつに答えてやる。

その間ヴァンはと言えば、窓際の壁に寄りかかって腕を組んで、黙って話を聞いていた。

部屋にはしばらく、不思議なほど楽しげで平穏な空気が流れた。


空が赤んでくると、ヴァンはガラスの窓を閉め、灯りを灯して回り、部屋の外からまた何度も往復して食事を運んできた。

朝食はヴァンと二人だった丸いテーブルに、三人で円になって座る。


「それじゃあ、王女様はずーっと貴婦人の棟ってとこにいるんだね?」

リーサは食べながらも質問をやめない。

サラディナーサはナイフを使いながら答えた。

「貴婦人の棟から別の宮に行く事はたまにあるぞ。宮殿自体から出たのは、今が初めてだが」

「は、初めて?」

リーサが声を上げ、ヴァンも驚いた顔でサラディナーサを見た。

「まさか攫われて初めて外に出ることになるとは、想像もしなかったな」

サラディナーサは皮肉を言わずにいられない。

「え、えと。外に出たいと思わなかったの?」

サラディナーサは苦く微笑んだ。

「…あまり思わなかったな」

小さく小さく切った肉を口に運ぶ。


「あー。宮殿なんてすごいところに住んでたら、そうなのかもねー」

リーサはあっけらかんと言って、大きく切られた肉をそのまま口に放り込んだ。

それからうっとりと言った。

「一度でいいから、その貴婦人の棟ってとこ、行ってみたいなあ」

「ん?何をしに?」

「綺麗なお姫様たちの服を見て、勉強したいの」

「服の勉強?」

リーサはコクコク頷いた。

「わたしは針子なんだよ。今王女様が着ているような女性ものの服を作ってるの」

「ほう!」

思いがけない話にサラディナーサは感嘆の声を上げた。


「リーサは服を作る仕事で生計を立てているのか?」

「うん、そうだよ。服屋の三階に住み込みで働いてるんだよ」

「立派なものだ」

サラディナーサは心から言った。

「自立している女性は素晴らしい」

経済的に自分で生き、男に依存しない。

それは母が理想とする女性の姿だった。

けれどそれを当然のことと考えているリーサには、凄さがわからないらしい。

「そおかなー?」

と首を傾げた。


「うちはね、代々騎士の家だけどすごく自由な方だと思う。みんな自分で仕事決めて、好きな人と結婚してるし」

「‥‥‥そんな風でうまくいくのか?」

「さあ?それなりにみんなやってるみたいだけど」

あまりの自由さにサラディナーサは頭がくらくらしてくるほどだ。

同じ女王が治める国で、こんなにも異なる価値観がある。


「王女様は平民の暮らしに興味があるの?」

「うん?…そうだな。知らないことを知るのは面白いものだ」

「あー、そうだよね。自分とは全然違う世界の話は面白いよねー」

無邪気な言葉にサラディナーサの胸は鈍く痛んだ。

違う世界。確かにリーサの語る世界も言葉も宮殿とはまるで違う。

貴婦人の棟でリーサの話を聞いたなら、どんなに面白く感じただろう。

違う世界のことを面白がれるのは、自分の世界にいてこそ。


宮殿から攫われてもう丸一日。

助けは来なかった。



☆ ☆ ☆ ☆



「お兄ちゃん、王女様は寝たよー」

「そおかー。ありがとうリーサ」

夜も更け、就寝の頃。

ヴァンは妹に王女を任せて、別の部屋で待機していた。

もちろん王女の精神衛生を考えてのことだ。


朝はどうなることかと思ったが、リーサと話している時のサラディナーサは格段に柔らかい表情になり、夕食も朝よりは進んでいた。

夜も眠れたというなら、少しは安心してもいいだろう。

ヴァンはホッと安堵の息をついた。


「ほんと、リーサが来てくれて助かった」

リーサは話し上手で聞き上手だ。

特に何もしなくてもほとんどの人に好かれる特技の持ち主。それがサラディナーサにも通じて良かった。

と、リーサはヴァンを睨んだ。

「ねえ!王女様、めっちゃいいこじゃない?」

「‥‥‥うん」

「聞いてたのと違う!」

「‥‥‥うん」

苦情を申し立てるように言われるが、ヴァンだってそう思っている。


「王女様って、すごいわがままで癇癪持ちで乱暴で、1000人の家来を侍らして、贅沢し放題で遊び暮らしてるんじゃなかった?全然そんな感じじゃなかったんだけど!」

「そうだなー。俺もそう思うよ」

当然、情報源は右軍団長にして王太子のレアンドーレだ。

彼は妹王女に関する様々な愚痴を言っていた。

宮殿に隠された王女の性格など知りようがない二人は、それを素直に信じていたのだ。

けれど実際見た王女はレアンドーレが言う人物像とは真逆で…


リーサは真剣な声で言った。

「ねえ?なんで王女様攫わなきゃいけなかったの?わたしレアンドーレ様から、王女様がすごく困った人だから、反省を促す為にやるんだって聞いてたんだけど」

「…そんな風に聞いてたのか?」

「国の未来の為だって。すぐに宮殿に帰すって。それでわたし、誘拐って言ったって、お兄さんが妹を、なんだからそんなに問題じゃないかな、て」

ヴァンは思わず額を押さえた。

まさか妹がこの誘拐をそんな風に捉えていたなんて、知らなかった。


(一体、どういう説明してんだ!)

そう思ってから、いや、と思い直す。

レアンドーレは案外本気で言ったのかもしれない。

レアンドーレにとって、王女サラディナーサはとにかく目障りで、困った存在だ。

いつまでも宮殿にいてレアンドーレを不快にさせる王女に“反省を促す”、と本当に思っているのかもしれない。

そしてレアンドーレの描く国の未来の為に、王女をヴァンに宛てがおうとしてるわけだ。

(さすがに、その考えどうよ…)

自分で付き従うと決めた主ながら、ヴァンは嫌になってきた。


「王女様、ずっと無理に笑ってて。まるで明日国境に向かう騎士みたいだった」

「…大した観察眼だなあ。確かに王女様はそういう気持ちなのかもしれない」

「めっちゃ追い詰められてる感じ?今にもポキッて折れそうで」

「だろうなあ…」

「ねえ、もしかしてレアンドーレ様って実はすごく悪い人?」

「まあ、正義の人ではないな」

リーサの眉がつり上がった。

「…リーサを連れてこなきゃ良かったなー。あの王女様の言うとおりだった」

ヴァンは後悔を込めて言った。

事情をわかってると思ったから、連れてきたのに。そして何かあってもこの妹なら大丈夫という確信があったから。


リーサは腰に腕を当てた。

「…わたしが来なきゃ、王女様はどうなってたの?こーんな騎士ばっかりの、女の人がひとりもいないような邸で。あのひどい格好のまま、怯えて泣いてたんじゃないの?」

「そのとおりだな」

「じゃあ、わたしが来るしかなかったでしょ!このあほんだら兄!」

「…そうだな」

実はレアンドーレにはリーサと王女を会わせるなと言い含められていた。

でもどうしようもなかったのだ。

そこらへんの無関係な女を連れてくるわけにもいかなかったし。

リーサよりも王女の心を解せそうな知り合いもいない。

「巻き込んだからには、近い内にちゃんと説明する。だから数日つきあってくれ、な?」

ヴァンは手を合わせて妹を拝んだ。

リーサは兄をじっと観察するように見た。

「お兄ちゃん、何か重い荷物背負ってるって顔してる」

「そおかー?」

ヴァンは手のひらで顔をひと撫でしてみる。

リーサははあとため息をついた。

「…わたしだってここであの王女様置いて帰れないよ。付き合うしかないじゃん」

「助かる」

リーサはジトッと兄を見て言った。

「ちゃんと見せてもらわないとね。レアンドーレ様とお兄ちゃんが何、悪いことしてるのか」

「ああ、…うん」

「わたし、この機会にちゃんとレアンドーレ様のこと、知らないといけないと思うんだ。これからのために」

リーサは目をキラリと光らせた。




「おっつかれー。どうだ調子は?」

「副長。こっちは問題なしですよ」

騎士たちの控え部屋を見て回る。部下の様子に気を使うのもヴァンの役目だ。

「リーサちゃんはもうお休みですか?」

「寝た。襲うなよ?」

「そんなことするわけ無いじゃないですか。そんなことしたらリーサちゃん親衛隊に殺されます」

部下たちは皆でカラカラと笑った。

(本当に大した妹だ)

ヴァンは息をついた。


リーサはこの男ばかりの邸に置いておいてもまるで心配がない。身の守り方も知ってる奴だし。

翻ってあの王女は、あらゆる方面で心配だらけで、本当はこうして離れている間にも何か起きてるんじゃと気が気でない。


「副長は大丈夫ですか?王女様のお守りで昨日から全然寝てないんじゃ」

気疲れが顔に現れてたのか、心配されてしまった。

こいつはいけないとヴァンは軽くうそぶいた。

「ばーか。寝てるよ。大人しい王女様で楽なもんだわー」

「まだ連れて来られて一日たったところですからね。キレて暴れ出すのはこれからじゃないですか?」

「うわー、ヤな予言するなよー。王女様がキレて暴れ出したら、お前に任せるわ」

「えー、嫌ですよ!王女様のことは副長が全部引き受けるって、昨日言ってたじゃないですか」

「えー?いつー?」

「王女様が気絶したあと。部屋に運ぶ時に!」

「んー?そんなこと言ったっけー?」

「言いましたよ!お前らは指一本触れるなよ、て!」

「言ってた言ってた」

部下たちが囃すように言う。ちょっとした戯れだ。

ヴァンは頭をかいて言った。

「あー、わかったわかった。俺は王女様担当だ。お前らはこの邸の警備。気ぃ抜くなよ?」

ちょっと睨んで言ってやると、

「はっ」

揃って真面目な返事が返った。


ここにいる騎士たちは自分たちの団長がなぜ王女を攫ってここに監禁するのか、詳しく聞かされていない。

大体のところを察している者はいるだろうけど、それを口には出さない。

彼らはヴァンと同じく、右軍の中でもレアンドーレにつくと決めた騎士たち。

レアンドーレが国の未来の為の作戦だというのなら、命令には従うのみ。それは騎士の正しいあり方でもある。


けれど、皆自覚がある。

とんでもない賭けに突っ込まれた、と。

王族拉致監禁。

この邸の位置なんか数日もかからずバレる。

例えば今、王女を女王側に取り戻され、邸を囲まれ全員口封じに殺される、という可能性もある。

或いは王女の名誉よりも罪人を罰することを女王が選ぶなら、謀反人として名を挙げられ、国軍に街ごと殲滅されることもあり得る。


そうならない為、騎士たちは背中に冷たい汗を隠しながら、この邸を守っている。街を見回っている。

ネズミ一匹入り込む隙を作らないように。

変事があれば一瞬でうごけるように。

「まあ、あと2日以内に事は動くらしいから。体力配分間違えんなよー」

「はっ」

この部下たちに不名誉な死に方をさせないのも、ヴァンの役目だった。


次回は、実は寝てなかったサラディナーサとちょっと理解を深めます。

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