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0日目 戦いの始まり

眉を上げ目を丸くした男は、感心したように言った。

「わーお!誘拐犯に向かって第一声がそれ?肝が据わってんなー!」

耳慣れない言葉遣いに、サラディナーサは眉を顰めた。

「無礼者、言葉を改めろ」


男はへー、とサラディナーサの顔を覗き込み、うんうんと頷いた。

「あんたはサラディナーサ王女で間違いないようだ。聞いてたとおり。男装で、男のような言葉で話し、とにかく気が強い」

からかっているのか、侮辱したつもりか。

心が怯みそうになったが、ぐっと堪え、ふんと鼻で男を笑ってやった。

「そういうお前は?青いマントを羽織っているが、まさか右軍騎士、とは言わないだろう?右軍は上品な騎士が揃うと聞いている」

この部屋にいる男らが揃いで羽織る青いマントは騎士団右軍の証である。そして右軍は王宮や首都を守る役目、高位貴族の家の者が集まる軍だった。

サラディナーサは細目でマントを見やり、それからああ、と気づいたように言った。

「そうか。右軍の団長はあの獣のような王太子だったか。その下僕にも下品さが移ってしまったのか、もしかして」


あからさまな挑発だったが、男は全く怒りを見せなかった。ただ面白そうな顔でサラディナーサを見る。

「よく知ってるなー、王女様。そのとおり、俺らは王太子様、右軍団長の下僕なんだ」

「……そして王太子の命令で私を攫ったのか?」

「そういうことだなー」


あっけらかんと認められ、サラディナーサは鼻白んだ。

囚われた時、まず犯人として思い浮かんだのが王太子であり、兄である人物だった。

だから意外でもなんでもないし、こうして早々に犯人が確定したことは、ありがたい事ではある。

けれど、自分が誰に囚われたのかを知れ、と言わんばかりの態度をとられるのは、ひどく不快だ。


それでも状況把握が、サラディナーサが今唯一できることだ。

「それで?お前がここの指揮官というわけか?」

男はにかりと笑い、やっと名乗った。

「俺はヴァンという者だ。右軍の副団長をやっている。よろしくー」

「……ヴァン?」

サラディナーサは眉を潜めて、聞き直した。

それは軍人でなくとも知る、有名な騎士の名だったからだ。

「あの英雄ヴァン?」

「そうでーす」

「5年前の国境の戦いの?」

「それそれ!」

サラディナーサは思わず胡乱な目を男に向けた。


確か、英雄ヴァンといえば…。

5年前にあった国境の戦いで、王太子に見出されたという騎士。

“英雄”の呼び名をつけられ、平民の出身ながら右軍の副団長の地位についた。

王太子の片腕、とも言われ、将来は大将軍にも登りつめるのではと囁かれるほどの男。

…だったはず。

「お前のようなふざけた者が?」

「本当、本当。な?」

男は後ろを振り返り、立ってやり取りを見守っていた騎士たちに目線を送った。

騎士たちは微妙な顔をしながらも、無言で頷いて肯定する。


「……信じたくないな」

この男が本当に右軍副団長で、英雄ヴァンだとすると、軽薄そうに見えても実は歴戦の騎士であり、王太子の最側近であるということだ。

そう考えると、間近に見える男の目が、恐ろしい光を放つように思えてきた。

そしてそんな男を自分の元に寄こした王太子の本気を感じる。

決して逃さない。必ず目的を果たす、と。

サラディナーサはぞわりとし、男から体を引いた。

縛られたまま男らの前にいる自分に、これ以上耐えられないという気持ちになった。


そんな気持ちが伝わったわけでもないだろうが、

「腕の縄も解こうな」

ヴァンがそう言い、顔を上げちらりと部下を見た。

すると回りの騎士たちがさっと動いた。

ぶつりと縄が切られる感覚がして、サラディナーサの腕は開放され、床に落ちる。

その途端ズキンと右肩にひどい痛みが走り、息を飲んだ。

「‥‥‥〜〜っ」

「ん?肩を痛めたか?」

前屈みになって痛みを堪えていると、ヴァンが肩に手を伸ばしてきた。

「私に触れるな」

ヴァンはすぐに手を引っ込め、両手を上げた。

「おー、こわ。わかったわかった。触らないよ」

手負いの獣に、敵じゃないよ、と手のひらを見せるような仕草。

サラディナーサは横目でヴァンを睨みつけた。

ヴァンは目尻を下げ、気遣う様子で言った。

「あー、とりあえずさ。そこは固いだろ?箱から出て、休める部屋に行かないか」


あまりの苛立ちにこめかみが痛くなる。

(何が、固いだろう、だ!)

サラディナーサを拉致し、固い箱で散々痛めつけてくれたのは目の前の騎士たちではないか。

その司令である男が、さも善人の顔で。


「はっ。ずいぶん行儀のいい言い方だな」

「なんだって?」

「その休める部屋とやらで、何をする気だか。

……お前がどんな指示を受けてここにいるか、私がわからないと思うか?」

鼻で笑って言ってやると、ヴァンの顔がほんの少しこわばった。

「お前の団長殿はこう命じただろう?私を傷物にしろ、王家に戻れない体にしてやれ、と」



女が生涯で二人の男に体を任せることは、この国でまともに生きていけなくなるほどの“不名誉”だ。

それをいいことに男が強引に女を奪い、結婚を強要するというのは、特に貴族や資産家の家でよく起きることだった。

王女であればなおのこと。

王女を娶った家は王家の持参品と王家への繋がりを得られる。多くの貴族家にとって垂涎の的だ。

いつの世も王女を攫おうとする者は後を立たず、それこそが貴婦人の棟の塀が高くなった理由のひとつでもあった。


そういう諸々をサラディナーサは王女として、よくよく理解している。

だからヴァンが王太子からどういう指示を受けたかも手に取るようにわかる。

「私をもの知らぬ女と馬鹿にするな。親切ごかしな態度はゾッとする」

ここまで言ってようやくヴァンは不機嫌な顔を見せた。

「…せっかく優しく扱ってやろうとしてんのに。本当に気が強い王女様だな」

さっきまでよりも声が低い。

「優しく?誘拐犯の優しいが何なのか、知りたいものだ」

「あんたさ。ちゃんと自分の立場わかってんのに、そうやって挑発して、なんか得あるの?大人しく従ってた方がひどい目に合わない、て思わない?」

サラディナーサはハハッと笑ってやった。

「大人しくしてたって、ひどい目に合うのだ。なぜ媚売る必要がある?誘拐犯に従うなんて真っ平ごめんだ。私を容易く扱えると思うなよ」

ヴァンの顔がいっそう険しくなる。

(このまま怒らせていったら、この男は私を殺すだろうか。ああ、それがいいな。そうすればこれ以上苦痛を味あわずに済む…)


サラディナーサがそう思った時。

「あーあ。頭の悪い王女様だな」

男の声の調子の声が変わった。

顎がガッと掴まれる。

「‥‥‥っ」

「あんたを扱うなんて容易いことだ」

強引に顔を上向かされ、ヴァンの顔が近くに迫った。

まるで刃のような瞳に刺し抜かれ、サラディナーサの体が硬直した。

「あんまり騎士をなめんなよ?俺らはな、上の命令があれば、誘拐でも殺しでも拷問でもする。それが仕事だからな」

「‥‥っ」

顎を上げられたせいで、喉が締まって呼吸が止まった。心臓がドン、ドン、と警鐘を鳴らす。

「どうしよっか?手足でも折っとくか。それともそうだな…その達者な口にナイフでも挟んでおくか…」

ヴァンが言葉の意味を示すように、親指で唇の下をすうと撫でた。

(他愛もない脅しだ。動揺を見せるな)

そう自分に命じるも、目の裏が白くチカチカする。

血の気が引いていくのをコントロールできない。

「面倒だけどしょうがないよな。そうしないとこのご立派な口が閉じそうにない」

「‥‥‥こっ」

なんとか言い返そうと思うが、口から漏れたのは声にならない喘鳴。

「ん?なんだって?言ってみる?ごめんなさいって」

「……っ、……っ」

閉じることを忘れた目に、ヴァンの光る瞳も輪郭がぼやけていく。

耳鳴りがキーンと響き、何を言っているのかも聞こえなくなった。

(ああ、駄目だ…)

キリキリとはりつめ続けていた緊張の糸がフツと切れる。

「あんたが大人しくするって言うなら、‥‥‥あれ?おい、」



サラディナーサの首がガクンと後ろに折れ、勢いよく落ちた頭が箱の縁に当たった。

そのままくたりと崩れ落ちるように箱の中に倒れたサラディナーサを、ヴァンは唖然と見た。

「マジかよー。気絶しちまった」

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