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後日譚 初夜

完結からずいぶん時間が経ちましたが、要望をいただきまして、書く気になってしまいました。

本編の一年半後。

今夜の為の寝室だという部屋に入ったヴァンは、目に入った光景にうひぃぃと呻いた。


ひたすらだだっ広い空間。奥の方は床が一段高くなっていて、そこにデデーンと置かれていたのは、ギラギラと装飾された金と真紅のベッド。

異常なほど豪奢で、寝具の癖に威厳がある。

何だか玉座のようにも見える。


──あそこでイタしたり寝たりしろって!?

うーわ、落ち着かないわ。

それになんでこの部屋、こんなに天井が高くて、床が一段高くなってるの?本当に寝室?


引きつった顔で部屋を見回し、やがてはあ、とため息をつき首を振った。

高貴なお方々のセンスや常識なんか、ヴァンには理解できない。

いくら英雄と呼ばれ、伯爵の地位を得て、この上なく高貴な姫を娶ったとしても、ヴァンはヴァンでしかない。

ベッドから視線を剥がし、壁際に置かれていた妙な形の長椅子にのそのそと腰を降ろした。


「うー、疲れた…」

ぎしぎしいう肩を回し、首を回し、腰をぐぐっと捻る。

もう崩してもいいだろうと、油を塗られ固められた髪をぐちゃりと解し、手についた油は、もう二度と履かないだろう豪華なズボンになすりつけた。

そうしてふうと息をつき、入口の両開きの扉を横目で見やった。

そこに人の気配はなく、物音ひとつ聞こえてこない。

新婦は今どこで何をしてるんだろう。


「……果たして、王女様はこの部屋に来るつもりあるのかな」

ヴァンは低い声でぼやいた。




王宮の祭場で、ヴァンとサラディナーサの結婚式は厳かに行われた。

“奥の宮”での別れから、二人が実際会うのは一年半ぶり。

ようやくその顔を見れるのだと、ヴァンは祭壇の上で今か今かと新婦の登場を待った。

そうして現れたのは、頭からつま先まで布と装飾品に覆われたナニカだった。


髪の毛一本見えない。せいぜい、身長からして女だろうと想像するしかない。

──王女様だよな?他人って事はないよな?

すぐにも布を剥ぎ取って中身を確認したかったが、式中にそんな事ができるはずもなく。


儀式では煙にあぶられ、水をぶっかけられ、長々しく抑揚のない唄に意識が飛びかけ。

王族の結婚式ってのはひどいもんだな、と思いながら、最後までひたすら神妙な顔で耐えた。

そうしてこの新居に辿り着いたのが少し前。

大理石の床の玄関で、未だひと声も発しない新婦に歩み寄った。

すると、わらわらと侍女たちが彼女を囲み、「おめしかえ」だと言って、どこかへ連れて行ってしまったのだ。

まるで、新婦をヴァンから隠そうとするように。


「俺、王女様と結婚できたんだよな?大丈夫だよな?あの意味わからん儀式は本当に結婚式で、相手は王女様だったんだよな?

……なぁーんでこんなこと疑わなきゃいけないんだ」

初夜の寝室でこんな馬鹿馬鹿しいことを心配する男は、きっと世に自分ひとりだと思う。

「いつまでこうして待ってればいいのかな。王女様が来ないなら来ないで、早く教えてくれると嬉しいんだけどなあー……」


─やっぱさー。無理やり結婚承諾させたようなもんだったし。そもそも王女様は男嫌いだし。男恐怖症の気もあるし。俺のこと好きでもなんでもないんだし。

目前になって“やっぱり結婚無理!”ってなった可能性、大だよなー。

まして初夜とか、あり得ないだろ。

でも、最後にくれた手紙には

“次は式の日に会おう”と書いてくれてた……


「………筋トレでもしてよう」

聞く者がいれば“どうしてそうなった”と言いたくなる結論を出して、ヴァンは長椅子から立ち上がった。

扉の外に人の気配を感じたのはその時。

「旦那様。奥方様がお越しになります」

「………っ……っ」

ヴァンはその場で意味なく足踏みし、自分で乱した髪を手で撫でつけ、上衣の裾を引っ張った。




すすすーと開かれた扉から、しゅるりしゅるりと衣ずれの音をたて、姿を見せたのは白く光を放つ女人だった。


白磁のような滑らかな肌に、まっすぐ通った鼻筋とほんのり赤い唇。

左右に緩く編まれた艶艶しい黒髪が流れ、ところどころで真珠が光っている。

何で編まれているのか、不思議なほどキラキラ輝くレースのショール。

その下に纏う光沢ある白い衣は、豊かな胸の下で絞られ、そこから床に広がっていた。


──全身光ってる。地に降りたばかりの天女様かな…


そんなことを真面目に考えてしまったヴァンだ。

ぼうと見ていると、伏せられていた長いまつ毛から翡翠の瞳が表れ、まっすぐ伸びた眉が微かに潜められた。

「どうしてそのような目で見ている?何か気に食わないのか?」

凛と通る声。懐かしい男言葉。

「王女様なのか?」

「は?」


──すっげえ……

王女様ってこんなにキラキラだったっけ?


元々のサラディナーサの美貌もあるが、何より王宮が総力を上げて作り上げた美しさだ。

そんなことには思い至らないヴァンは、ただただ魅入られた。

さっきまで地を這うようだった精神が、急な突風で宙に巻き上げられたようになり、まともな思考が返ってこない。


「ヴァン様。どうぞ、サラディナーサ様に労いのお言葉を」

見兼ねたのだろう。王女の後ろに腰低く控えていた中年女性が声をかけてきた。

サラディナーサ以外がそこにいることにも気づいていなかったヴァンは慌てふためいた。

「あ、はい、えっと、言葉言葉…」

「いい。この男に作法など期待してない」

サラディナーサはふんと鼻を鳴らし、すたすたと長椅子に行き、ストンと座ってしまった。

そこでやっと自分の失敗に気付いたヴァンだ。


「悪かった。王女様。その、あんまり綺麗だったから驚いたんだ」

長椅子に追いかけてきたヴァンをサラディナーサはちらりと見て、皮肉っぽく言う。

「おかしいな。さっきまで私はこの何倍も豪華で特別な婚礼衣装を着ていたはずなんだが」

──あ。やっぱりあれ、中身はちゃんと王女様だったんだ。疑って悪かったな。

ヴァンは今更なことを思い、少し言葉を探した。

「うん、あれも豪華ですごかったな。けど王女様の顔が見えなくて少し残念だったかなーって」

「ふぅん」

「今の姿、すっごく綺麗だ。服も王女様も」

「そうか」

サラディナーサは興味がない、というようにふいと顔を背けた。

よほどご機嫌を損ねたらしい。

「あ、あの、王女様……」

ちょっと見惚れていたことで、あれほど待ち望んだ喜びの再会が駄目になってしまったんだろうか。

そんなのないよ、とヴァンはその場にしゃがみ込みたくなった。


気まずい空気をそっと流すように、先程の中年女性が長椅子の脇から声をかけてきた。

「軽食の用意がございますが、お支度させていただいてよろしゅうございますか」

「そうだな。頼む」

サラディナーサが答える。

「今日は一日、何も口にしていない。さすがに空腹だし、喉が乾いた」

「一日!?水も飲んでないってか?」

「女の身支度の大変さは男の比ではない。手水にも立てないしな」

サラディナーサはヴァンの方を見もせず言った。

婚礼衣装をちゃんと褒めなかったヴァンへの嫌味だろうか。

ヴァンがまごまごしていると、控えていた女たちがさあっと動き、まるで魔法のように食べ物が並んだテーブルが目の前に現れた。

「給仕はいかが致しましょう?」

「いらない。皆、下がっていい」

「承知致しました」

“きゅうじ”が何かもわからないヴァンは、そのいかにも上流なやり取りを口をつぐんで見守る。

すると女はヴァンに顔を向け、上品に微笑んだ。


「改めまして、サラディナーサ様、ヴァン様。

無事ご婚姻の儀を済まされましたことに、エマーリエからお祝いを申し上げます。

今宵、神々しい月が完全な姿を以て天を照らしております。さも、善き夜がお二人に訪れることでございましょう」

「は、はあ」

小難しく聞こえるが、要は“結婚おめでとう、初夜も頑張れ”ということだろう、たぶん。

食事の支度をした他の女たちが皆揃って腰を折り、「善き夜を」と唱和する。

恭しい態度だが表情や声は柔らかい。

祝福といたわりの空気が伝わる。

彼女らは王女と親しい関係の者たちなんだな、とヴァンはサラディナーサをちらりと見た。

サラディナーサは彼女らに向かい、重々しく頷いた。

「皆も今日はご苦労だった。万事問題ない。下がりなさい」



部屋に二人きりになると、白い天女はごくごくと杯を干し、小さなパンを齧り、果物を口に頬張った。

品がないとまで言わないが、急くような、まるでヤケになったような食べ方で、目つきも妙に険しい。

もしかして王女様は空腹のせいで不機嫌だったんだろうかな、とヴァンは思う。

よく考えてみると、ちょっとヴァンが上手い言葉を言えなかったくらいで怒るような女性じゃなかったはずだ。たぶん。


「……お前は食べないのか?」

「……いいの?じゃあ、少し」

促されて、具の挟まったパンをつまむ。

そうして二人で黙々と食べ、少し物足りない量の料理の皿が空になると、サラディナーサはすっと立ち上がった。

「私は疲れている。さっさとすべきことをしよう」

そう言って部屋の奥へ歩いていく。

「王女様?」

ヴァンはぽかんとその背中を見た。

衣の裾がしゅるしゅると引きずられていき、一段高くなった床を上がり、重厚な色彩のベッドにふわりと真っ白な花が咲く。


「何をしている。さっさと来い」

「お…おぅ」

遠いベッドから睨まれて、飛び上がるように立ち上がる。

すべきこと。

結婚初夜にすべきことなんてひとつだろう。

けど、こんな展開はさすがに想定外。

慌ててベッドに行き、サラディナーサの隣に人ひとり分の間を開けて腰かけた。

もうベッドのセンスとか、気にしてる場合じゃない。

「あ、あのさ、王女様は、……大丈夫なの?」

「何がだ?」

「何って…」

ヴァンはためらい、頭をぽりっと搔いた。

「もしかしたらな、王女様は俺に触られるのは嫌なんじゃ、て思ってたんだ。あ、でも構わないて言うんなら、俺は望むところ…」

「嫌に決まってるではないか」

きっぱり。

ヴァンは思わず息を止め、それから吐いた。

「嫌なら、俺は別になー。急ぐことはないかなあ、と。結婚生活は長いんだし、今夜のところは積もる話などな…」

目を反らし、前もって用意していた台詞を口にすると、隣でサラディナーサはため息をついた。

「馬鹿を言うな。ヴァン、私はな、この夜の為に10日も前から全身の毛を毟られ、湯気に蒸され、マッサージだと体中を揉み込まれてきたんだ。まるでこれから食べられる鶏にでもなった気分だった」

「……ブホッ」

あまりに的確な表現に、思わず噎せた。

「お母様からは、“あれだけやめろと言ったのに我を通して結婚を決めたのだから、報いを受けてくるといい。今更逃げるなんてみっともないことはやめてね”と申しつけられている。

嫌だからしない、など許されないのだ」

「あーうー……」

嫁ぐ愛娘にかける言葉がそれとは。

あの女王は相変わらず、頭のネジがどこか一本外れてる。


「その…、報いって初夜のことなわけ?つーか、この際聞いちゃうけど、王女様はどの程度知ってるの?その、ベッドの上で何をするか」

「事細かに教わっているぞ。最初から最後まで。いくつものケースを」

「最初から最後まで。いくつものケース……」

「男が女に何をするかを知らなければ身を守れないとお母様の仰せだ」

「……なるほど?」

「それに貴婦人の棟には、おしゃべりが多い。私はいわゆる耳年増だ」

「耳年増って、あんた……」

サラディナーサは苛立つ声で言い放った。

「私は全て知っていて覚悟もしているのだ。だからさっさと始めるといい!」

「……………」


──あの母君の閨教育なんて絶対まともなわけないし。

きっとこう、暴力的な…、特殊で常識外れなコトとか聞かされてんだろうなあ。ちょっと聞いてみたいけど…。


翡翠の瞳が爛々と光っている。

その中には切羽詰まったような、敵に相対するようなはり詰めた色があった。

部屋に入ってきた時からいやに不機嫌だなと思っていたが、初夜への恐れから来る焦りのせいだったのだと、やっと理解したヴァンだ。

ふと、誘拐されてきた夜の王女を思い出してしまった。


「あのなあ」

ヴァンはぐんと距離をつめ、造り物のように美しい天女の顔に手を伸ばした。

むにっと頬をつまむ。

「にゃ、にゃに…」

想定外の暴挙に驚いたサラディナーサは、目を丸くしてヴァンを見上げた。

すっきりした輪郭の頬は意外に伸びて、いい具合に顔が歪んだ。

その様子に笑い出したくなるのを堪え、ヴァンはしかめっ面を作ってみせた。

「あのなあ、あんた無作法だ」

「にゃ?」

「それに失礼だと思う」

言ってやってから頬からぷにんと手を離す。


サラディナーサは自分の手で頬を押さえて、それからみるみる顔に怒りをのぼらせた。

「それは、夫となったお前に膝を折って礼を尽くせ、と言ってるのか?お前が!私に!」

「そんなわけないだろ!」

ヴァンは言い返す。

「考えてみてくれよ。俺はあんたに好意を告げて、陛下に出された結婚の課題をクリアした男なんだぜ?」

「………それが?」

突然何を言い出すかとサラディナーサの目が細められた。

ヴァンはぐっと拳を握る。

「もちろん簡単じゃなかった。俺なんて剣振り回すしか脳がないんだし。けど、あんたを得る為に、仲間たちにも手伝ってもらって、思いつく限りのことをしたんだ」

「……ああ、手紙で聞いた」

「そうだよ。苦手な文字もちみちみ書いて、突然やってきた家庭教師にため息をつかれて。いろんな奴にネチネチ嫌味言われて、どんな手を使って王女を得たんだと探られて」

ついでに女王からの壮絶な嫌がらせがあったことは言わないでおく。

「……そうか、大変だったな」

「貴婦人の棟に忍び込むのも、後々のことを考えてぐっと堪えて、一年半。やっとやあっと、こうして会えて」

「……」


ヴァンは眉をへの字にしてサラディナーサをじとっと見た。

「なのにあんたは、ずっと不機嫌な顔してて、優しい言葉ひとつ、くれないんだな」

「…………あ」

サラディナーサははっと目を見開いた。

「おまけにまるで飢えた獣を見るような目で俺を見て」

「………そっ」

「会いたかった、とも、会えて嬉しいとも言わせてくれないで、ベッドに引きずり込むんだもんな」

「引きずり込んでないっ」

「そう?この部屋に来た時からずっと、閨事のことばっかで頭いっぱいだったろ?」

「………っ」

遠慮ない指摘に言い返すことができず、サラディナーサの耳がぽうと赤くなった。

それを見たヴァンの口元にふっと笑いが浮かぶ。


「なあ。母君からはなんて教わった?閨事の最初は愛の語らいからって教わってないの?」

「そんなことは、教わってない…」

「本当に?ごく普通の作法だと思うんだけどなあ」

「……つまり、言葉が足りないと?」

「そう。もっとあんたと言葉を交わしたいんだ。そんで気持ちを通わせたい。せっかく結婚したんだからさ」


サラディナーサは一瞬真顔になり、それから気まずそうな様子を見せた。

「お前の言い分はわかった…。確かに、私は余裕がなさ過ぎたかもしれない……」

反省の滲む口調で言う。


──なんて素直でやりやすいんだろう。

ヴァンはほっこりした。

彼女の兄なんかだと、自分の失敗は全部他人のせい。指摘されようものならためらいなく剣を抜く。何度止めに入ったことか。

彼女が兄に似てなくて本当に本っ当に良かった、とヴァンは自分の幸運を天に感謝した。


「王女様ってかわいいな。あんたと結婚できて嬉しい」

心から言う。

「いきなりなんだ。は、恥ずかしいことをっ」

「恥ずかしい?思ったことを言ってるだけなのに。それに愛を語るのは初夜の作法だ」

サラディナーサは口を開けて閉じ、ふいと顔を背けた。

──照れてる。楽しい。

ぐんと気分が上がる。

目の前でヴァンを誘う黒髪を手にとり、チュッと口づけた。

サラディナーサがびっくりという顔でヴァンを見て、また慌てて顔をそらす。


「なあー、王女様はこの一年半の間、俺と会いたいって思ってくれてた?」

「え?私は…、そうだな…」

あさっての方を見ながら、真剣に答えを探す様子のサラディナーサをヴァンはわくわくと待った。

「そうだな…。会いたい、とはあまり考えなかった。会いたいと言って会えるものでもないし、結婚すれば会うのだし。それより結婚までにしなければいけないことは何か、ということに一生懸命だった」

「さすが王女様」

会いたかった、と言われるよりよほど納得できた。

たぶんこの深窓の姫君にとって、誰といつ会うのかは自分の気持ちで決めるものではない。

だから、会いたいという発想にならないのだ。


サラディナーサは訥々と続けた。

「ただ、結婚後の生活や、夫人という立場になったらどうなるのか、ということはよく考えていた。すると何を考えても頭の中にお前が現れる。結婚すると、これ程お前ありきの人生になるのだと面白く思った」

「……うん」

「さっきは、その、夜の事は嫌だと言ったが……それでも、お前との結婚自体は楽しみだと思っていたのだぞ。お前に会えるこの日をずっと待っていた」

「……っ、そうか」

“言葉を交わして気持ちを通わせたい”というヴァンへ、サラディナーサなりに考えた答えがこれなのだろう。

ヴァンの胸に温かいものが満ちる。

喜びに押されて、ぎゅっとその白い体を抱きしめた。

「う、わっ」

「すごく嬉しい、ありがとう」


結婚が楽しみだった。

それだけの言葉がどんなにヴァンの救いになるか、サラディナーサはきっと知らない。


むちゃくちゃな状況で、結婚を決めさせてしまった。

大事にしたいと思った(ひと)の生き方を自分が曲げてしまった。


サラディナーサを自分のものにするという決意は揺るぎなかったけど、それでも彼女の顔を思い出すたびに罪悪感が胸をちくちく刺した。

きっと彼女は、あの日の選択を後悔しているだろうと思っていた。


けれどサラディナーサの中に、この結婚を望む気持ちが少しでもあったというなら。

ヴァンはこれからどれだけ楽に生きられるだろう。


腕にすっぽりと納まる柔らかく滑らかな体。

ああ、これが俺の女だ、と思う。

ドッキンドッキンと伝わる心動がかわいくて、ヴァンの心臓も踊りだした。


と、胸をそっと手で押してサラディナーサが顔を上げた。

「……もう私は王籍を抜けた。そしてお前は私の夫になった。なら、名を呼ぶのが妥当ではないだろうか」

相変わらずの堅苦しい物言い。

それがなんとも愛らしく感じる。

「そっか。そうだな。呼び捨てていいの?」

「構わない」

「サラディナーサ」

耳に口を近づけて名を呼べば、くすぐったかったのか、ひゃっと体が跳ねた。

面白くてもう一度。


「サラディナーサ。俺の大事な奥さん」

「ヴァン、ちょっと待て。耳元で呼ぶな。ゾワゾワする」

「へえ〜、なんでだろうな。もっと言ってみよう。サラディナーサ、サラディナーサ」

「ヴァン!待てと言って、、きゃっ」

「かわいい声だなっ」

「〜〜っ、そういうことを言うなっ!馬鹿者!」



──ああ、俺、結婚できたんだ。


ようやく実感が湧いてきた。


──サラディナーサが俺の妻だ。

俺がサラディナーサの夫だ。


くうっと喜びを噛み締めた。

そして、俄然やる気になった。


──明日の朝には“夜のことも悪くない”と言わせてみせるぜ!

まるで剣の好敵手をみつけたような高揚感に、ヴァンはぞくぞくと震えた。

話を書き始めた時は、イタさないまま朝を迎えるパターンかな、と思ってたんですが、ヴァンがやる気になってしまいました。

サラディナーサがんばれ。

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