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ヴァンとサラディナーサ

女性衛兵たちが案内したのは、奥宮殿に来た時にヴァンが通され縛り上げられた部屋だった。

その時に剥ぎ取られたマントと剣が椅子の上に綺麗に置かれている。

ありがたく剣を履き、マントを羽織ると、

「お帰りはこちらです」

衛兵にとっとと帰れと促された。

それを止めたのは、ここまで黙って付いてきたサラディナーサである。


「腕の手当てが必要だろう」

ヴァンは自分の腕を見た。

服の袖は切れ目が入り、そこから流れる赤い線が指先まで続いている。

「あー、大丈夫。もう大体止まってるから」

ヴァンは遠慮したが、サラディナーサに睨まれた。

「いいから、大人しく手当てを受けろ」

サラディナーサがそう言ってついっと指差すと、衛兵たちが無言で動き出す。


絨毯の上に肘掛け椅子が2つ、少し離して配置され、その間に透ける布がかかった仕切りが置かれた。

促されて片方の椅子に腰掛けると、手当て道具の箱を運んできた衛兵が無言で腕を掴んだ。

手当てしてくれるつもりらしいが、ものすごく嫌そうだ。


サラディナーサが仕切りの向こうの椅子に腰掛けたのが、仕切りに透ける影でわかった。

「フランとリディア以外、下がりなさい」

指示の出し方がいかにも、王女っぽい。


数名の衛兵が優雅に礼をして出ていくと、部屋にはサラディナーサとヴァン、そして二人の女性衛兵だけになった。

(ああ、この二人、使者で来た凸凹コンビか)

今ヴァンの手を濡れたハンカチで拭ってくれているのが、リディアだ。

赤毛の衛兵、フランは仕切りの横のサラディナーサとヴァン両方が見える位置に立つ。


「リディアどうだ?ヴァンの傷は酷いか?」

仕切りの向こうから、耳馴染んだ男言葉が聞こえる。

「いいえ、かすり傷と申してよろしいかと」

リディアは鈴を転がすような声で返した。

「そうか?ずいぶん血が流れていたように見えたが」

「このくらい“英雄様”には、傷のうちにも入りませんわ」

言いながら、服の袖をまくり上げ傷口をぐりぐりと拭う。

(いてー…)

血を見たら悲鳴を上げそうな顔をして、やることはなかなかキツい。

しかし王女の側の者にとって、ヴァンは憎き誘拐犯である。

このくらい軽すぎる罰と思って、諦めることにした。


「悪かったな、ヴァン」

仕切りの向こうから若干沈んだ声が聞こえた。

「お母様があのような…」

「いや、全く。こんなもんで済むとは思ってなかった。……庇ってくれてありがとう」

ヴァンは心から言った。

「……本当にひやひやした。お前、まさか殺される覚悟で、ここに来たとは言わないだろうな?」

「まー、そういうこともあるかもなー、とは思ってた。なんせ誘拐犯だから」

「この馬鹿者。もうそれは許すと言っただろう。お前は逃げるべきだった」

サラディナーサの声が本気で怒っている。

ヴァンは苦笑した。

「そこはまー、女王陛下にもお許しいただかないとな。なにせあんたの母親だから‥‥‥イテっ」

手当てをする手がギリっと傷口を捻った。無礼が過ぎる、ということらしい。


「けどさ、良かったのか?結婚」

サラディナーサの影はふいと顔を背けた。

「仕方なかっただろう。あの状況で他にお前が殺されない方法はなかった」

「それはわかってる。けど俺のためにあんたの人生を犠牲にするなんて」

自分が死んだ方が良かった。とは、口にしてはいけないと心得ている。

けれどそれがヴァンの本心だ。


サラディナーサは首を振った。

「違う、犠牲になったのはお前だ、ヴァン」

「うん?」

「私が結婚をしたくないといつまでも駄々をこねていたから…、兄は私を排除しようとしたし、母は私を持て余したんだ。そんな私に充てがう相手として、お前は選ばれてしまっただけだ」

静かに言われた内容にヴァンは目を見開いた。

「いや、王女様、それは…」

「私はとっくに誰かとの結婚を受け入れなければいけなかったし、結婚しない道を探すなら貴婦人の棟の外に出て力をつけるべきだった。

そのどちらも出来ないなら、お母様のご迷惑になる前にさっさと死ぬべきだったのに」

沈み込む声。

「王女様」

「サラディナーサ」

フランが心配そうな様子で仕切りの向こうを見ている。

サラディナーサは今どんな顔をしているのだろう。それがわからなくてもどかしい。


「そのせいでお前は望みもしないのに、私を娶ることになった。王太子と女王と私、それぞれの思惑にお前は振り回されたんだ。怒ってもいい」

「………」

消え入りそうな声にヴァンはすぐに言葉を返せなかった。

なるほど言われてみれば、そういう見方もあるかもしれない。


王太子がヴァンを王女の夫として選び、女王がそれを認め、王女が最終的に決めた。

そう聞くと、ヴァンには逆らいようもなく、一方的に振り回された感がある。

けれど。

「王女様、俺にも意志ってのがある」

ヴァンは仕切りの向こうに語りかけた。


「レアンドーレ様が王女様を娶れ、と言った時に退けなかったのは俺だ。

そしてあの邸に木箱に入れて連れて来られたあんたを一目見て、これが俺の嫁だ、て思ったんだ。

四日間ずっとあんたを見てた。

俺の嫁になろうがならなかろうが、あんたが俺の一番大事な女だって思うようになったんだ。

その為にレアンドーレ様にだって逆らっただろう?」

「………っ、そうだな…」

「俺は俺の意志でとっくにあんたを選んでる。そんなことはわかってもらえてると思ってたのに」

「………そ、そうか」

「あんたはすっごく綺麗だし、格好いいし、魅力的だ。あんたみたいな女は他にいない。

俺はあんたが好きだし、結婚したいと思ってる。けどそれよりなにより、王女様の幸せが俺の望みなんだ。だから…」

「待て、ヴァン、待てっ」

仕切りの向こうから、叫ぶようにストップがかかった。

「ん、なに…」

「お、お前には恥ずかしいって感情がないのか!」

「へ?」


気づけばリディアが包帯を巻く手を止め、唖然とヴァンを見ていた。

「俺、なんか恥ずかしいようなこと言ったか?」

ヴァンは訳がわからず、きょろきょろするが、誰も答えはくれない。

代わりに包帯がぎゅぅと傷を締め付けた。


「……わかった。ヴァンが言いたいことはわかった。まとめると私を娶ることに不満はないということだな?」

「……まとめると、そういうことだけど」

真摯に想いを告げたのに、簡単にまとめられてしまい、ヴァンは少し悲しくなった。


「であれば、問題はない。私も…」

「うん?」

「……嫌ではない。前ほどは」

「そうなの?」

「確かに結婚せず貴婦人の棟に居られれば、それが一番だったが、次点でお前と結婚するのも悪くないと思ってる」

「……次点。そ、そっか」

「相手がお前なら、私に何も求めないだろうし、したいことは何でも叶えてくれるのだろうし」

「……そ」

「相手がお前なら、私は妻なんて枠に嵌らず生きていけるだろう」

「………」

ヴァンは賢く口をつぐみ、何も言わないことにした。


「貴婦人の棟でなければ出来ないこともあるが、外に出なければ出来ないこともあるだろう」

「料理屋に行くとか?」

フランが口を突っ込み、サラディナーサが笑う。

「ハハ、フランはまた…」

(料理屋?)


「コホン、とにかく、私は結婚しても私として生きてくし、その横に夫の肩書を持つお前がいても別に構わないということだ!わかったか!?」

サラディナーサは結論を言った。

(つまり、結婚しても俺の犠牲になるわけじゃない、て言いたいのかな。優しいなー)

ヴァンは頷く。

サラディナーサが決意をし、結婚するのが嫌でないと言うのなら、これ以上ヴァンに言う事はない。

「ああ、これからよろしく。未来の俺のお嫁さん」



しばらく言葉が返って来なかった。

ヴァンが首を傾げて待っていると、小さな咳払いが聞こえ、その後サラディナーサは言った。

「……ではぜひ、大きな功績を上げてくれ」

ヴァンは手を打った。その問題があった。


「あー、それ。功績ってどういうの?何をしたら伯爵領に見合うんだ?前例的には?」

「前例なんて関係ないだろう。ドンと目立つことひとつすればいい」

「んー?」

「あ、お前、お母様の御意向を理解してないな?」

「悪い、よくわかってない」

ヴァンは素直に肯定した。

「そもそも土地はやらんが、土地に見合う功績立てろ、ていうのがよくわからない」


サラディナーサは説明してくれた。

「ああ。つまりだな。私の夫に与えられるはずの土地は、それなりに国の重要なところだからな。平民同然の者には扱えまい」

「はあ、なるほど」

「それに平民が王女を娶って突然伯爵になるのでは、世間の目は厳しいぞ」

「それで結婚前に功績を立てれば、それを口実に俺をあんたに相応しい身分に上げてくれるってことか?」

サラディナーサの影が頷いた。

「そのとおりだ。お母様は私の降嫁を公表する前に、お前に伯爵領をどこかひとつやる、と仰っている。

だからお前がするのがほんのちっぽけな事でも、おおごとに仕立てられ領地を賜る事になるだろう。ただし…」

「ただし?」

「私を娶った後のお前の功績は全て、私の後ろ盾あってのことと世間は見るぞ?」

「‥‥‥っ」

「今、お前自身の力を示さねば、この先ずっと元王女を娶った運のいい奴で終わる。騎士の世界は剣の腕が良ければ認められるかもしれんが、貴族の世界はまた違うものだ」


ヴァンは唾を飲んだ。

「なるほど。思いつかなかった」

サラディナーサは呆れて嘆息した。

「全く。権力欲があるのかないのかわからない奴だ。偉くなりたいんじゃなかったのか?」

「俺、王女様に偉くなりたいとか言ったっけ?」

「リーサが言ってた」

ああ、なるほど、とヴァンは肩をすくめる。


「最近はさ、あんたのことで頭がいっぱいいっぱいで、偉くなりたいとか忘れてた。けどあんたの旦那として堂々と立てるくらいには、偉くなんないとな」

「私の為じゃない。お前自身の夢の為に偉くなればいい」

「ああ、そうだな」

ヴァンが頷くと、仕切りの影も頷いた。

「偉くなるもならないも、私は構わないから、好きにしろ。今のままでも、ヴァンは私の夫に相応しく格好いい」

「うっ‥‥」

ヴァンは胸を押さえる。

「今のきたわ…。王女様、ツボを押さえてるな」

なんだそれは、とサラディナーサはカラカラと笑った。

次回、女王様の暴露話。

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